2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第56回 吉田友和

つ 通貨

 台北の桃園国際空港から市内へ出るのに、バスに乗ろうとしたときのことだ。この路線は國光客運を利用することが多い。窓口に並び、運賃の125台湾ドルを支払おうとしたら、スタッフの女性が怪訝な顔を浮かべた。
「ディファレント」
 そう言って、僕が渡した100台湾ドル紙幣を突き返してくる。はて? と首を傾げながらそれを確認してハッとなった。お札の色こそ同じ赤系統ながら、描かれている絵柄は毛沢東の肖像画だった。そう、100台湾ドル札だと思って差し出したその紙幣は、100人民元札だったのだ。台湾ではなく、中国の通貨だったというオチである。なるほど、それは確かにディファレントであるなあ。
 なんでそんなことになったのか。心当たりはあるようでなかったりする。あちこち旅しているうちに、各国の通貨がごちゃまぜになってしまっているのだ。
 ほかにもそういえば、この前ウィンドブレーカーのポケットから見慣れないデザインの紙幣がでてきた。パッと見ただけではどこの国の通貨なのかわからなかったが、書かれている文字などをじっくり観察するとキルギスのお札だと判明した。キルギスか……訪れたのはもう何年も前だが、そのときポケットに入れたままになっていたらしい。
 近頃はますますズボラになってきたなあと自覚している。以前は普段使いのものとは別に、旅行専用の財布を用意していた。財布の中で日本円と旅先の通貨が混在すると、支払いの度に混乱するからだ。それに財布の中には保険証やら免許証やら、ついでに言えば各種ポイントカードやらも入っている。それらは外国では明らかに出番がないので、わざわざ持っていっても無駄にかさばってしまう。
 海外旅行の際にはクレジットカードなどを旅行専用財布へ移し替え、普段使いの財布は日本の自宅に置いていくようにするとスマートなのだが――。
 いちいち入れ替えるのも面倒になってしまった。普段使いの財布のままで海外へ行って、旅先の通貨が余るとそのまま、ということが増えている。その結果、冒頭で書いたような珍事件が発生してしまったわけだ。
 でも、よくよく考えたら100台湾ドルよりも100人民元の方が高価である。ざっくり計算して五倍ぐらい。もらった方が得をするわけだから、国や相手によっては、黙ってシレッと受け取る人もいるだろうなあ。
 外国を旅していると、あの手この手でお金を巻き上げようとする輩に遭遇するものだが、そうではなく、自ら率先してぼられにいくようなパターンも案外多い。僕だけだろうか。
 たとえば、真っ先に思い出すのがバリ島でのエピソードだ。タクシーの支払いの際にやらかしてしまった。正確な金額は忘れたが、2万ルピアのところを間違って20万ルピアも支払ってしまった、みたいな失敗である。
 インドネシアの通貨はやたらと桁が多く、慣れていないと間違えやすい。そのときは夜で暗かったのと、お酒を飲んで酔っ払っていたせいもありウッカリしていた。クルマを降りてしばらくしてから気がついたが、もはや後の祭りである。運転手は当然わかっていたはずだが……まあ、バリ島は超が付くほどの観光地だから仕方ないか。というより、悪いのはあくまでも自分なのだけれど。
 世界の国々の中には、通貨の桁が唖然とするほど多いところが結構あって、旅行者泣かせだったりする。僕がこれまでに訪れた国の中で最も多かったのは、アフリカのジンバブエだ。経済が破綻し、10億ジンバブエドル札や100兆ジンバブエドル札といった、あり得ない桁数の紙幣が流通する同国の「ハイパーインフレ」は、一時期日本でも話題になった。
 実際にジンバブエを旅していると、突っ込みどころが満載だった。100米ドルも両替しようものなら、数百枚の単位でジンバブエドルが札束になって帰ってきた。財布には入らないので、買い物へ出かけるときは山盛りの札束をスーパーのビニール袋に入れて持ち歩いていた。ジョークのようだが、同国の経済状況からすると笑えない話だったりもする(ジンバブエドルは現在は廃止されている)。
 まあ、ジンバブエは極端な例ではある。ほかにもアジアなら、ベトナムの通貨ドンなども桁が多い。1米ドルがだいたい2万~2万2000ドンぐらい。ベトナムへは最近よく行くのだが、到着して最初にATMでお金を下ろすときにはいつも緊張する。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……とゼロを慎重に数えつつ金額を入力するのも恒例である。
 実はいまちょうどベトナムの長編旅行記を書いている。その本の中で値段交渉をした話などがしばしば出てくるのだが、メモを見ると30万とか100万とか、そういう感じでやはりとても桁数が多くて、記憶を辿っているだけでももう頭が混乱してくるのだった。

DSCF0029

【新刊情報】
筆者の新刊『思い立ったが絶景』(朝日新書)が3月11日に発売になります。絶景を目的とした旅について客観的に分析し、カラー写真を交えながらエッセイにまとめました。

※通貨→次回は「か」がつく旅の話です!

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2016/3/8号 Vol.067


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第56回 吉田友和

つ 通貨

 台北の桃園国際空港から市内へ出るのに、バスに乗ろうとしたときのことだ。この路線は國光客運を利用することが多い。窓口に並び、運賃の125台湾ドルを支払おうとしたら、スタッフの女性が怪訝な顔を浮かべた。
「ディファレント」
 そう言って、僕が渡した100台湾ドル紙幣を突き返してくる。はて? と首を傾げながらそれを確認してハッとなった。お札の色こそ同じ赤系統ながら、描かれている絵柄は毛沢東の肖像画だった。そう、100台湾ドル札だと思って差し出したその紙幣は、100人民元札だったのだ。台湾ではなく、中国の通貨だったというオチである。なるほど、それは確かにディファレントであるなあ。
 なんでそんなことになったのか。心当たりはあるようでなかったりする。あちこち旅しているうちに、各国の通貨がごちゃまぜになってしまっているのだ。
 ほかにもそういえば、この前ウィンドブレーカーのポケットから見慣れないデザインの紙幣がでてきた。パッと見ただけではどこの国の通貨なのかわからなかったが、書かれている文字などをじっくり観察するとキルギスのお札だと判明した。キルギスか……訪れたのはもう何年も前だが、そのときポケットに入れたままになっていたらしい。
 近頃はますますズボラになってきたなあと自覚している。以前は普段使いのものとは別に、旅行専用の財布を用意していた。財布の中で日本円と旅先の通貨が混在すると、支払いの度に混乱するからだ。それに財布の中には保険証やら免許証やら、ついでに言えば各種ポイントカードやらも入っている。それらは外国では明らかに出番がないので、わざわざ持っていっても無駄にかさばってしまう。
 海外旅行の際にはクレジットカードなどを旅行専用財布へ移し替え、普段使いの財布は日本の自宅に置いていくようにするとスマートなのだが――。
 いちいち入れ替えるのも面倒になってしまった。普段使いの財布のままで海外へ行って、旅先の通貨が余るとそのまま、ということが増えている。その結果、冒頭で書いたような珍事件が発生してしまったわけだ。
 でも、よくよく考えたら100台湾ドルよりも100人民元の方が高価である。ざっくり計算して五倍ぐらい。もらった方が得をするわけだから、国や相手によっては、黙ってシレッと受け取る人もいるだろうなあ。
 外国を旅していると、あの手この手でお金を巻き上げようとする輩に遭遇するものだが、そうではなく、自ら率先してぼられにいくようなパターンも案外多い。僕だけだろうか。
 たとえば、真っ先に思い出すのがバリ島でのエピソードだ。タクシーの支払いの際にやらかしてしまった。正確な金額は忘れたが、2万ルピアのところを間違って20万ルピアも支払ってしまった、みたいな失敗である。
 インドネシアの通貨はやたらと桁が多く、慣れていないと間違えやすい。そのときは夜で暗かったのと、お酒を飲んで酔っ払っていたせいもありウッカリしていた。クルマを降りてしばらくしてから気がついたが、もはや後の祭りである。運転手は当然わかっていたはずだが……まあ、バリ島は超が付くほどの観光地だから仕方ないか。というより、悪いのはあくまでも自分なのだけれど。
 世界の国々の中には、通貨の桁が唖然とするほど多いところが結構あって、旅行者泣かせだったりする。僕がこれまでに訪れた国の中で最も多かったのは、アフリカのジンバブエだ。経済が破綻し、10億ジンバブエドル札や100兆ジンバブエドル札といった、あり得ない桁数の紙幣が流通する同国の「ハイパーインフレ」は、一時期日本でも話題になった。
 実際にジンバブエを旅していると、突っ込みどころが満載だった。100米ドルも両替しようものなら、数百枚の単位でジンバブエドルが札束になって帰ってきた。財布には入らないので、買い物へ出かけるときは山盛りの札束をスーパーのビニール袋に入れて持ち歩いていた。ジョークのようだが、同国の経済状況からすると笑えない話だったりもする(ジンバブエドルは現在は廃止されている)。
 まあ、ジンバブエは極端な例ではある。ほかにもアジアなら、ベトナムの通貨ドンなども桁が多い。1米ドルがだいたい2万~2万2000ドンぐらい。ベトナムへは最近よく行くのだが、到着して最初にATMでお金を下ろすときにはいつも緊張する。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……とゼロを慎重に数えつつ金額を入力するのも恒例である。
 実はいまちょうどベトナムの長編旅行記を書いている。その本の中で値段交渉をした話などがしばしば出てくるのだが、メモを見ると30万とか100万とか、そういう感じでやはりとても桁数が多くて、記憶を辿っているだけでももう頭が混乱してくるのだった。

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【新刊情報】
筆者の新刊『思い立ったが絶景』(朝日新書)が3月11日に発売になります。絶景を目的とした旅について客観的に分析し、カラー写真を交えながらエッセイにまとめました。

※通貨→次回は「か」がつく旅の話です!