2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第60回 吉田友和

る ルートビア

 パプアニューギニアへ来ている。秘境のイメージが強い同国だが、成田から直行便が出ており案外近いなあという感想だ。ただ、今回は首都ポートモレスビーから国内線に乗り継ぎ、ニューブリテン島という離島へ飛んだ。さらには空港から1時間以上陸路で移動してようやく辿り着いた、キンベという街に滞在している。さすがにここまで来ると、ずいぶん遠いところまでやってきたなあという手応えを覚える。
 初めて訪れる国は発見が多くて飽きない。今日は朝からダウンタウンのマーケットを散策し、その後プランテーションを見学しつつ、ホットリバーに浸かってきた。40度ぐらいの高温の水が流れる川があって、さながら天然の温泉のようになっている。火山島なのだ。
 そこまで行く道はとにかく悪路で、久々にクルマに乗っているだけで疲れた。お昼過ぎに宿に戻ってきて、ランチを食べたら眠気に襲われた。気温は高く、湿度もたっぷりだが、コテージのまわりに生い茂る南国の植物が目に優しく、海風が心地良い。誘われるまま惰眠を貪り、目を覚ましてヨロヨロと起きてきて、いまコレを書いている。
 隣の席では、オージーのカップルがビール片手に談笑していて、ほんの少し羨ましい。最近はずっとそうだが、今回も一人旅だ。立地的に近距離のせいか、パプアニューギニアでは旅行者といえばオージーが大多数を占めるようだ。一方で、日本人旅行者も意外といることに驚かされる。キンベは知る人ぞ知るダイビングのメッカだそうで、多くは海を目的とした旅行者たちだ。よくもまあこんな辺鄙なところまで……と感心させられるのだが、お互い様だろうなあ。
 いま泊まっている宿にも日本人がいて、食事などでしばしばご一緒させていただいている。こういう辺境の地で出会う日本人の旅人は、いい意味でどこか突き抜けたようなタイプが多い。たとえば、「どちらからいらしてるんですか?」などという当たり障りのない、お決まりの質問をぶつけただけでもう、型破りな答えが返ってきてオヤッとなったりする。
「家は福岡なんだけど、いまは沖縄に仮住まいしているんです」
 見たところ、僕より一回り以上は年上と思しき男性はそう答えた。
「おおっ! 沖縄、ですか!」
 と、僕はつい前のめりで反応してしまう。旅好きには沖縄好きが少なくないが、移住までしてしまうからにはきっとよほどのフリークに違いない。まさかこんなところまで来て沖縄の人に出会うとは……。
 この連載でも書いたが、僕も今年の冬はしばらく沖縄に滞在していたのだ。那覇に2ヶ月、宮古島に1ヶ月。束の間ではあるものの、一家全員でのプチ移住だったから、いつもの沖縄旅行とはまったく違った密度の濃い日々を送ることになった。これまでの人生を振り返ってみても、1年半をかけて世界一周したとき以来のインパクトの大きな体験だった。
「沖縄は意外と天気が悪いんですよね。とくに冬は晴れの日がホント少なくて……」
「そうそう、風が強くてびっくりですわ」
 沖縄トークに花を咲かせるうちに、懐かしい気持ちに駆られてしまった。居酒屋で聞いた三線の音色が頭の中でリフレインし、真っ青な海の映像が再生される。いまいる宿のテラスからは目前に大海原が広がっているのだが、私見では沖縄の海の方が綺麗ではないかと思える。さらにはナントカカントカしましょうね、という沖縄方言(します、の意)や、ほとんど毎日のように食卓に上がったハンダマという沖縄野菜のことなどなど、次々と沖縄の思い出が蘇ってくる。
「ああ、ルートビアが飲みたいなあ」
 沖縄について考え出すと、遂にはそんな欲求に駆られてしまうのもいつものことだ。沖縄滞在中、僕は隙を見つけてはA&Wへ通っていた。米国発のファストフードチェーン店だが、他県ではまったく見かけないし、個人的には沖縄ローカルのファストフードという認識でいたりもする。沖縄の人たちは「エンダー」と略すのだとも聞いた。
 ともあれ、そのA&Wの名物と言える炭酸飲料が「ルートビア」である。ビアとあるが、ビールではなくソフトドリンクなのでアルコールは入っていない。賛否両論別れがちな飲み物であり、人によっては薬品のような味がして苦手という声もよく耳にするが、僕はこれが大好物なのである。
 沖縄ではコンビニやスーパーでも缶に入ったルートビアが売られている。けれど、缶よりも、A&Wの実店舗へ行って味わう方がやはりずっと美味い。缶ビールと、店で飲む生ビールの違いのようなものである。ソフトドリンクなのに、店ではビールジョッキのような大ぶりなグラスで出てくる。暑さにへこたれそうになったときに、これをグビグビッとすると途端に生き返った心地になる。
 何より嬉しいのが、A&Wではルートビアは飲み放題となっていることだ。グビグビ飲んで空になったグラスをカウンターへ持っていくと、継ぎ足してくれる。幹線道路に面した店舗だとドライブインを併設していたりもするが、クルマで通りかかった場合でもなるべく入店して飲むようにしている。ドライブインだとお代わりができないからだ。その日の気分によってはアイスクリームが乗ったルートビア・フロートを頼んだりもする。これまた至高の味わいである。フロートの場合でも、もちろんお代わりは可能だ、念のため。
 書いているうちに、飲みたい欲求が抑えられなくなってきたが、なにせパプアニューギニアである。ルートビアなんてあるわけもなく、とりあえずいまバーカウンターでコーラを頼んでそれで我慢することにしたのだった。
 この連載は今回でいったん休止することになった。「しりとり」という決まり事だけを設けて、あとは好き勝手に書いてきた。もしかしたら、そのうち気まぐれで再開するかもしれないので、最後はとりあえず「あ」に戻しておきましょうね。ではまた!

DSC09754

【新刊情報】
筆者の新刊『ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン』(幻冬舎文庫)が6月10日に発売になりました。

ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン

※吉田友和さんの連載「旅のしりとりエッセイ」は今号をもって終了とさせていただきます。
吉田さんの次回原稿をお楽しみに。(編集部)

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2016/7/12号 Vol.075


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第60回 吉田友和

る ルートビア

 パプアニューギニアへ来ている。秘境のイメージが強い同国だが、成田から直行便が出ており案外近いなあという感想だ。ただ、今回は首都ポートモレスビーから国内線に乗り継ぎ、ニューブリテン島という離島へ飛んだ。さらには空港から1時間以上陸路で移動してようやく辿り着いた、キンベという街に滞在している。さすがにここまで来ると、ずいぶん遠いところまでやってきたなあという手応えを覚える。
 初めて訪れる国は発見が多くて飽きない。今日は朝からダウンタウンのマーケットを散策し、その後プランテーションを見学しつつ、ホットリバーに浸かってきた。40度ぐらいの高温の水が流れる川があって、さながら天然の温泉のようになっている。火山島なのだ。
 そこまで行く道はとにかく悪路で、久々にクルマに乗っているだけで疲れた。お昼過ぎに宿に戻ってきて、ランチを食べたら眠気に襲われた。気温は高く、湿度もたっぷりだが、コテージのまわりに生い茂る南国の植物が目に優しく、海風が心地良い。誘われるまま惰眠を貪り、目を覚ましてヨロヨロと起きてきて、いまコレを書いている。
 隣の席では、オージーのカップルがビール片手に談笑していて、ほんの少し羨ましい。最近はずっとそうだが、今回も一人旅だ。立地的に近距離のせいか、パプアニューギニアでは旅行者といえばオージーが大多数を占めるようだ。一方で、日本人旅行者も意外といることに驚かされる。キンベは知る人ぞ知るダイビングのメッカだそうで、多くは海を目的とした旅行者たちだ。よくもまあこんな辺鄙なところまで……と感心させられるのだが、お互い様だろうなあ。
 いま泊まっている宿にも日本人がいて、食事などでしばしばご一緒させていただいている。こういう辺境の地で出会う日本人の旅人は、いい意味でどこか突き抜けたようなタイプが多い。たとえば、「どちらからいらしてるんですか?」などという当たり障りのない、お決まりの質問をぶつけただけでもう、型破りな答えが返ってきてオヤッとなったりする。
「家は福岡なんだけど、いまは沖縄に仮住まいしているんです」
 見たところ、僕より一回り以上は年上と思しき男性はそう答えた。
「おおっ! 沖縄、ですか!」
 と、僕はつい前のめりで反応してしまう。旅好きには沖縄好きが少なくないが、移住までしてしまうからにはきっとよほどのフリークに違いない。まさかこんなところまで来て沖縄の人に出会うとは……。
 この連載でも書いたが、僕も今年の冬はしばらく沖縄に滞在していたのだ。那覇に2ヶ月、宮古島に1ヶ月。束の間ではあるものの、一家全員でのプチ移住だったから、いつもの沖縄旅行とはまったく違った密度の濃い日々を送ることになった。これまでの人生を振り返ってみても、1年半をかけて世界一周したとき以来のインパクトの大きな体験だった。
「沖縄は意外と天気が悪いんですよね。とくに冬は晴れの日がホント少なくて……」
「そうそう、風が強くてびっくりですわ」
 沖縄トークに花を咲かせるうちに、懐かしい気持ちに駆られてしまった。居酒屋で聞いた三線の音色が頭の中でリフレインし、真っ青な海の映像が再生される。いまいる宿のテラスからは目前に大海原が広がっているのだが、私見では沖縄の海の方が綺麗ではないかと思える。さらにはナントカカントカしましょうね、という沖縄方言(します、の意)や、ほとんど毎日のように食卓に上がったハンダマという沖縄野菜のことなどなど、次々と沖縄の思い出が蘇ってくる。
「ああ、ルートビアが飲みたいなあ」
 沖縄について考え出すと、遂にはそんな欲求に駆られてしまうのもいつものことだ。沖縄滞在中、僕は隙を見つけてはA&Wへ通っていた。米国発のファストフードチェーン店だが、他県ではまったく見かけないし、個人的には沖縄ローカルのファストフードという認識でいたりもする。沖縄の人たちは「エンダー」と略すのだとも聞いた。
 ともあれ、そのA&Wの名物と言える炭酸飲料が「ルートビア」である。ビアとあるが、ビールではなくソフトドリンクなのでアルコールは入っていない。賛否両論別れがちな飲み物であり、人によっては薬品のような味がして苦手という声もよく耳にするが、僕はこれが大好物なのである。
 沖縄ではコンビニやスーパーでも缶に入ったルートビアが売られている。けれど、缶よりも、A&Wの実店舗へ行って味わう方がやはりずっと美味い。缶ビールと、店で飲む生ビールの違いのようなものである。ソフトドリンクなのに、店ではビールジョッキのような大ぶりなグラスで出てくる。暑さにへこたれそうになったときに、これをグビグビッとすると途端に生き返った心地になる。
 何より嬉しいのが、A&Wではルートビアは飲み放題となっていることだ。グビグビ飲んで空になったグラスをカウンターへ持っていくと、継ぎ足してくれる。幹線道路に面した店舗だとドライブインを併設していたりもするが、クルマで通りかかった場合でもなるべく入店して飲むようにしている。ドライブインだとお代わりができないからだ。その日の気分によってはアイスクリームが乗ったルートビア・フロートを頼んだりもする。これまた至高の味わいである。フロートの場合でも、もちろんお代わりは可能だ、念のため。
 書いているうちに、飲みたい欲求が抑えられなくなってきたが、なにせパプアニューギニアである。ルートビアなんてあるわけもなく、とりあえずいまバーカウンターでコーラを頼んでそれで我慢することにしたのだった。
 この連載は今回でいったん休止することになった。「しりとり」という決まり事だけを設けて、あとは好き勝手に書いてきた。もしかしたら、そのうち気まぐれで再開するかもしれないので、最後はとりあえず「あ」に戻しておきましょうね。ではまた!

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【新刊情報】
筆者の新刊『ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン』(幻冬舎文庫)が6月10日に発売になりました。

ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン

※吉田友和さんの連載「旅のしりとりエッセイ」は今号をもって終了とさせていただきます。
吉田さんの次回原稿をお楽しみに。(編集部)