2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅をしながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第三回 吉田友和

ゆ ユーレイルパス

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今年も鉄道旅行の季節がやってきた。毎年夏になると、僕は青春18きっぷの旅に出かける。言わずと知れた乗り放題切符は、青春なんて遠い過去の記憶になりつつある旅人にとっても福音をもたらす。

旅好きには鉄道好きが少なくないと思う。どちらかといえば鉄道の車両に惹かれるというより、鉄道に乗って旅することに喜びを見出すタイプの鉄道好きである。「乗り鉄」という言葉も市民権を得るようになった。あまり自覚はないものの、強いて分類するなら僕自身もまさに乗り鉄の一人と言えそうだ。
今年の3月にヨーロッパへ鉄道旅行をしに出かけたのは、乗り鉄意欲がエスカレートした結果だったのかもしれない。パリからスタートし、フランスやイタリア、ドイツ、オランダなど計10カ国を陸路で巡った。その模様は『ヨーロッパ鉄道旅ってクセになる! 』(幻冬舎文庫)という本にまとまり、つい先日発売になったばかりだ。
旅行者の間では有名な「ユーレイルパス」をフル活用した旅だった。定められた日数内なら、加盟国の鉄道が乗り放題になる切符。いわば、欧州版青春18きっぷである。
この手の乗り放題切符は、料金的なメリットばかりが語られがちだ。確かに安い。今回購入した8日間のパスは、一等座席のもので574ドルだった(ドル建てなのはアメリカのサイトから買ったため。日本より安かった)。当時のレートだと1日あたり約6,000円。そんな金額で国際列車や、国によっては特急まで乗り放題になるのだから、コストパフォーマンスの高さは侮れない。
けれど、僕にとっては値段以上に魅力的な利点もあった。それは、自由であることだ。ルール内ならば、いつ、どこで乗り降りしてもいいのだ。切符を買うのにその都度並ばずに済むし、予約時間に縛られることもない。思いつきと、その時々の気分で柔軟に旅を組み立てていけるのは気楽でいい。
――さて、今日はどこへ行こうかな。
朝目覚めたときに、その日の目的地が決まっていないのはゼイタクだ。僕のようなわがままな旅人には、うってつけの切符と言えようか。
あてどのない旅をしていると、予期せぬ出合いも訪れる。山岳鉄道でスイスを北上していた時のことだった。そろそろ今晩の宿泊先を決めようかと、僕は車内で路線図と睨めっこしていた。スイスは初めてで土地勘はない。最初はチューリッヒやジュネーブといった僕でも名前ぐらいは知っているメジャー都市を目指そうかと思ったのだが、地図上に躍る無数の見知らぬ土地の名前の中に気になった街があった。少し迷ったが、スマホでホテル検索すると空室が出てきたので、思い切って行ってみることにした。
「クール」という名のその街は、ほとんど名前だけで選んだ宿泊先だった。「クール・イズ・クール!」などとしょうもないダジャレを頭の中でつぶやきながらの訪問だった。にもかかわらず、その欧州鉄道旅行の中でもとりわけ濃い印象を残すことになる。一言でいえば、いい街だったのだ。
到着して駅の案内所で街の地図をもらおうとしたら、訊いてもいないのに親切にホテルまでの道順を教えてくれた。言われた通り石畳の道に歩を進めると、中世ヨーロッパにタイムスリップしたような、古びた三角屋根の家々が現れた。フランスのような重厚さとも、イタリアのようなあっけらかんとした感じとも少し違う、童話世界のようなメルヘンな街並み。アルプスの雪山に抱かれた、古都の風情を漂わせる情景に旅心が浮き立った。
クールという名とは裏腹に、地元の人たちが気さくで妙にほんわかしているのも好印象だった。レストランでは、満席なのに融通を利かせて席を作ってくれるという一幕もあった。出発の日には、後ろ髪を引かれる思いさえ抱くに至ったほどだ。飛行機の旅ならまず来なかったであろう街である。こういう出合いがあるから旅はやめられない。
世界の航空網は発達し、LCCのような格安の手段も充実してきたことで、鉄道は積極的には選ばれにくい現状がある。単に移動として考えると、空路の方が安いし効率的だ。けれど、陸路の旅だからこそ得られる旅の手応えも捨てがたいものがあるのだ。さて、今年の青春18きっぷ旅行はどこへ行こうかな。


※ゆーれいるぱす→次回は「す」がつく旅の話です!

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2013/07/30号 Vol.003


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅をしながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
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しりとりで旅する 第三回 吉田友和

ゆ ユーレイルパス

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今年も鉄道旅行の季節がやってきた。毎年夏になると、僕は青春18きっぷの旅に出かける。言わずと知れた乗り放題切符は、青春なんて遠い過去の記憶になりつつある旅人にとっても福音をもたらす。

旅好きには鉄道好きが少なくないと思う。どちらかといえば鉄道の車両に惹かれるというより、鉄道に乗って旅することに喜びを見出すタイプの鉄道好きである。「乗り鉄」という言葉も市民権を得るようになった。あまり自覚はないものの、強いて分類するなら僕自身もまさに乗り鉄の一人と言えそうだ。
今年の3月にヨーロッパへ鉄道旅行をしに出かけたのは、乗り鉄意欲がエスカレートした結果だったのかもしれない。パリからスタートし、フランスやイタリア、ドイツ、オランダなど計10カ国を陸路で巡った。その模様は『ヨーロッパ鉄道旅ってクセになる! 』(幻冬舎文庫)という本にまとまり、つい先日発売になったばかりだ。
旅行者の間では有名な「ユーレイルパス」をフル活用した旅だった。定められた日数内なら、加盟国の鉄道が乗り放題になる切符。いわば、欧州版青春18きっぷである。
この手の乗り放題切符は、料金的なメリットばかりが語られがちだ。確かに安い。今回購入した8日間のパスは、一等座席のもので574ドルだった(ドル建てなのはアメリカのサイトから買ったため。日本より安かった)。当時のレートだと1日あたり約6,000円。そんな金額で国際列車や、国によっては特急まで乗り放題になるのだから、コストパフォーマンスの高さは侮れない。
けれど、僕にとっては値段以上に魅力的な利点もあった。それは、自由であることだ。ルール内ならば、いつ、どこで乗り降りしてもいいのだ。切符を買うのにその都度並ばずに済むし、予約時間に縛られることもない。思いつきと、その時々の気分で柔軟に旅を組み立てていけるのは気楽でいい。
――さて、今日はどこへ行こうかな。
朝目覚めたときに、その日の目的地が決まっていないのはゼイタクだ。僕のようなわがままな旅人には、うってつけの切符と言えようか。
あてどのない旅をしていると、予期せぬ出合いも訪れる。山岳鉄道でスイスを北上していた時のことだった。そろそろ今晩の宿泊先を決めようかと、僕は車内で路線図と睨めっこしていた。スイスは初めてで土地勘はない。最初はチューリッヒやジュネーブといった僕でも名前ぐらいは知っているメジャー都市を目指そうかと思ったのだが、地図上に躍る無数の見知らぬ土地の名前の中に気になった街があった。少し迷ったが、スマホでホテル検索すると空室が出てきたので、思い切って行ってみることにした。
「クール」という名のその街は、ほとんど名前だけで選んだ宿泊先だった。「クール・イズ・クール!」などとしょうもないダジャレを頭の中でつぶやきながらの訪問だった。にもかかわらず、その欧州鉄道旅行の中でもとりわけ濃い印象を残すことになる。一言でいえば、いい街だったのだ。
到着して駅の案内所で街の地図をもらおうとしたら、訊いてもいないのに親切にホテルまでの道順を教えてくれた。言われた通り石畳の道に歩を進めると、中世ヨーロッパにタイムスリップしたような、古びた三角屋根の家々が現れた。フランスのような重厚さとも、イタリアのようなあっけらかんとした感じとも少し違う、童話世界のようなメルヘンな街並み。アルプスの雪山に抱かれた、古都の風情を漂わせる情景に旅心が浮き立った。
クールという名とは裏腹に、地元の人たちが気さくで妙にほんわかしているのも好印象だった。レストランでは、満席なのに融通を利かせて席を作ってくれるという一幕もあった。出発の日には、後ろ髪を引かれる思いさえ抱くに至ったほどだ。飛行機の旅ならまず来なかったであろう街である。こういう出合いがあるから旅はやめられない。
世界の航空網は発達し、LCCのような格安の手段も充実してきたことで、鉄道は積極的には選ばれにくい現状がある。単に移動として考えると、空路の方が安いし効率的だ。けれど、陸路の旅だからこそ得られる旅の手応えも捨てがたいものがあるのだ。さて、今年の青春18きっぷ旅行はどこへ行こうかな。


※ゆーれいるぱす→次回は「す」がつく旅の話です!