2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第59回 吉田友和

ら ラルー

 今年もビールの美味しい季節がやってきた。これを書いているいまは夕方の4時過ぎなのだが、これぐらいの時間帯になるともうソワソワして仕事が手につかなくなる。今晩もキリッと冷えた一杯をグビッとしたい。
 年に一回、長編の新作旅行記を書き下ろして刊行するのが恒例化している。自分としては冷たいビールに加え、これまたこの時期ならではのお約束と言える。かれこれもう5年目になるのだが、今年のテーマは「ベトナム縦断」だ。ハノイからスタートして、フエ、ホイアン、ニャチャン、ダラット、ホーチミンと南下していった。距離にするとだいたい1800キロぐらい。10年以上前にも一度、僕はベトナムを縦断している。当時より道やバスのクオリティはグッと良くなっているのだが、それでもやはり陸路の旅はそれなりに時間がかかる。道中は珍エピソードもたっぷりで、それらを一冊にまとめたというわけだ。
 ベトナムへは比較的よく訪れているが、いつもはハノイやホーチミンを単純往復するだけである。陸路縦断というじっくり型の旅だからこそ、普段の短期旅行では気がつかないような発見も色々あった。たとえば、地域ごとに飲まれているビールの銘柄が結構違う、というのはそのひとつだ。移動続きの旅の中で、毎晩のように違う街で夕食を取ったが、毎晩のように違う種類のビールで乾杯した。ご当地ビールが幅を効かせているのだ。
 ベトナムのビールといえば、「333」と書いて「バーバーバー」と読む銘柄が恐らく最も有名だろう。日本でベトナム料理屋へ行くと、大概は333が出てくる。ところが、現地を旅していると333を飲む機会はそれほど多くない。店によっては置いていないことも普通にある。代わりに出てくるのがローカルブランドのビールというわけだ。
 ベトナムのビールは、その地の地名を冠したものが多い。「ビア・ハノイ」や「サイゴン・ビア」など、そのものズバリといった感じのネーミングで愛着が湧く。フエで飲んだのは「フダ」というビールだった。フエ、そしてフダ。同じではないが、これまた微妙に似ている。フエではフダ以外に「フェスティバ」という銘柄も見かけたが、名前的にはフダの方が覚えやすくていい。
 個人的に最も印象に残っているのは、「ラルー」というビールだ。中部の大都市ダナンを代表する銘柄なのだが、僕は今回初めて飲んだ。ラベルのデザインがどこかで見たような絵柄で、初めて目にしたときにはハッとなった。青地に虎が描かれている。せっかくなので写真も掲載しておくが、アジア好きならば一目瞭然だろう。そう、シンガポールのタイガービールに似ているのだ。
 1800キロを縦断する今回の旅で、ハイライトとなったのはホイアンだった。かつて日本人街があった古い街並みが残り、世界遺産にも登録されている。ダナンからは目と鼻の先の距離に位置するため、旅行者からしてみれば、ダナンとホイアンはほとんど同一のエリアと言えるのだが、ホイアンでもビールというとラルー一色という感じだった。街のあちこちで、特徴的な虎マークのロゴを見かけた。ホイアンでは南国らしい強い陽射しが照りつけ、とにかく暑かったから、このロゴを目にしただけでもうソワソワしてしまった。
 名前に地名を冠していない点は、ほかのベトナムの地ビールと一味違う。なぜ「ビア・ダナン」ではなく、「ラルー」なのか。調べてみると、どうやらフランス人のラルーさんが作ったからなのだと分かった。地名ではなく、人名が由来なのだ。もしかしたらベトナム語で「虎」を意味するのかしら……などと密かに想像していたのだが、まったくの見当違いであった。ベトナム語どころか、フランス語ではないか。
 ラルーのラベルには、「1909」と西暦を表す数字が表示されている。100年以上もの長い歴史を持つビールらしい。ところが東京に在住する知人のベトナム人にこの「ラルー」について訊いてみたら、なんと知らないという。彼はハノイの出身である。同じ国でも、地域が違うと飲むビールも異なるようだ。
 東南アジアの国々はどこもビールが美味しいが、ベトナムほど種類が多様な国は珍しい。いままでノーマークだったが、実はご当地ビール大国と知り改めて興味が募った。というわけで、書いているうちにますますソワソワしてきたので、今回はこのへんで。

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【新刊情報】
本文でも紹介した筆者の新刊『ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン』(幻冬舎文庫)が6月10日に発売になりました。

ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン

※ラルー→次回は「る」がつく旅の話です!

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2016/6/14号 Vol.073


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
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しりとりで旅する 第59回 吉田友和

ら ラルー

 今年もビールの美味しい季節がやってきた。これを書いているいまは夕方の4時過ぎなのだが、これぐらいの時間帯になるともうソワソワして仕事が手につかなくなる。今晩もキリッと冷えた一杯をグビッとしたい。
 年に一回、長編の新作旅行記を書き下ろして刊行するのが恒例化している。自分としては冷たいビールに加え、これまたこの時期ならではのお約束と言える。かれこれもう5年目になるのだが、今年のテーマは「ベトナム縦断」だ。ハノイからスタートして、フエ、ホイアン、ニャチャン、ダラット、ホーチミンと南下していった。距離にするとだいたい1800キロぐらい。10年以上前にも一度、僕はベトナムを縦断している。当時より道やバスのクオリティはグッと良くなっているのだが、それでもやはり陸路の旅はそれなりに時間がかかる。道中は珍エピソードもたっぷりで、それらを一冊にまとめたというわけだ。
 ベトナムへは比較的よく訪れているが、いつもはハノイやホーチミンを単純往復するだけである。陸路縦断というじっくり型の旅だからこそ、普段の短期旅行では気がつかないような発見も色々あった。たとえば、地域ごとに飲まれているビールの銘柄が結構違う、というのはそのひとつだ。移動続きの旅の中で、毎晩のように違う街で夕食を取ったが、毎晩のように違う種類のビールで乾杯した。ご当地ビールが幅を効かせているのだ。
 ベトナムのビールといえば、「333」と書いて「バーバーバー」と読む銘柄が恐らく最も有名だろう。日本でベトナム料理屋へ行くと、大概は333が出てくる。ところが、現地を旅していると333を飲む機会はそれほど多くない。店によっては置いていないことも普通にある。代わりに出てくるのがローカルブランドのビールというわけだ。
 ベトナムのビールは、その地の地名を冠したものが多い。「ビア・ハノイ」や「サイゴン・ビア」など、そのものズバリといった感じのネーミングで愛着が湧く。フエで飲んだのは「フダ」というビールだった。フエ、そしてフダ。同じではないが、これまた微妙に似ている。フエではフダ以外に「フェスティバ」という銘柄も見かけたが、名前的にはフダの方が覚えやすくていい。
 個人的に最も印象に残っているのは、「ラルー」というビールだ。中部の大都市ダナンを代表する銘柄なのだが、僕は今回初めて飲んだ。ラベルのデザインがどこかで見たような絵柄で、初めて目にしたときにはハッとなった。青地に虎が描かれている。せっかくなので写真も掲載しておくが、アジア好きならば一目瞭然だろう。そう、シンガポールのタイガービールに似ているのだ。
 1800キロを縦断する今回の旅で、ハイライトとなったのはホイアンだった。かつて日本人街があった古い街並みが残り、世界遺産にも登録されている。ダナンからは目と鼻の先の距離に位置するため、旅行者からしてみれば、ダナンとホイアンはほとんど同一のエリアと言えるのだが、ホイアンでもビールというとラルー一色という感じだった。街のあちこちで、特徴的な虎マークのロゴを見かけた。ホイアンでは南国らしい強い陽射しが照りつけ、とにかく暑かったから、このロゴを目にしただけでもうソワソワしてしまった。
 名前に地名を冠していない点は、ほかのベトナムの地ビールと一味違う。なぜ「ビア・ダナン」ではなく、「ラルー」なのか。調べてみると、どうやらフランス人のラルーさんが作ったからなのだと分かった。地名ではなく、人名が由来なのだ。もしかしたらベトナム語で「虎」を意味するのかしら……などと密かに想像していたのだが、まったくの見当違いであった。ベトナム語どころか、フランス語ではないか。
 ラルーのラベルには、「1909」と西暦を表す数字が表示されている。100年以上もの長い歴史を持つビールらしい。ところが東京に在住する知人のベトナム人にこの「ラルー」について訊いてみたら、なんと知らないという。彼はハノイの出身である。同じ国でも、地域が違うと飲むビールも異なるようだ。
 東南アジアの国々はどこもビールが美味しいが、ベトナムほど種類が多様な国は珍しい。いままでノーマークだったが、実はご当地ビール大国と知り改めて興味が募った。というわけで、書いているうちにますますソワソワしてきたので、今回はこのへんで。

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【新刊情報】
本文でも紹介した筆者の新刊『ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン』(幻冬舎文庫)が6月10日に発売になりました。

ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン

※ラルー→次回は「る」がつく旅の話です!