2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第50回 吉田友和

と 豆乳

 またしても台湾へ行ってきた。この一年でかれこれ五度目の訪問になる。すっかりマイブーム到来という感じなのだが、繰り返し訪れていると、なんとなくお決まりのコースができてくる。
 たとえば台湾での朝食は、豆乳と決めている。現地の言葉だと「豆漿」と書いて、「ドウジャン」と発音する。豆乳といってもホットやアイス、甘いのやしょっぱいのなど種類は豊富で、店ごとに味付けが異なるから奥は深い。揚げパンや焼きパンなどと一緒に一杯の豆乳を味わうのは、我が台湾旅行における幸福な時間のひとつだ。
 台北で常宿にしている中山路のホテルでは、無料の朝食も付いてくるのだが、大して美味しくもないので食べることはない。コーヒーを一杯だけ飲んで、散歩がてら外の食堂を目指すのがよくあるパターンだ。
 店はその日の気分で都度選ぶ。今回は阜杭豆漿へ行ってみることにした。日本のガイドブックでも必ず紹介されている有名店だ。いつも行列ができているので覚悟はしていたのだが、今回は列の長さが尋常ではなかった。最後尾はビルの二階にある店から階段を降りて、建物の外をぐるりと囲んだ遥か先である。
 朝っぱらからよくもまあ、と唖然とさせられる。台湾の人たちの美味しいものに対する執着心には本当に舌を巻く。並ぶのは大の苦手だ。列を目にした瞬間、僕はあきらめて踵を返したのだった。
 仕方ないので、近くにある別の店へ向かった。食べられるメニューはほとんど同じなのに、こちらは可哀想になるほど空いていた。とりあえず冷たい豆乳と焼餅を注文。さらには蒸籠からもうもうと上がる湯気につられ、朝から小籠包も追加した。確かに阜杭豆漿と比べると味のレベルには妥協が感じられる。でもまあ、お腹がいっぱいになったことだし、ひとまずホッと一息、ついたまでは良かった。
 お会計を済ませ、店を出て、最寄り駅からMRTに乗り込んだときのことだ。ふっとある疑問が脳裏をよぎったのだ。
「あれ、ずいぶん安かったような……」
 食堂のおばちゃんに言われた金額は、確か三十五元だった。台湾ではどこかの国のようにボッタクリに遭うことはまずないから、とくに疑いは抱かない。僕は言われるがまま三十五元を支払ったのだが、冷静に考えたら三十五元は安すぎるような気がしてきた。
 カメラの液晶モニターで写真を確認してみる。たまたま店内の写真を撮っていたのだ。壁に書かれたメニューに金額の数字が書かれていた。それによると豆乳が二十元、焼餅が十五元、小籠包が七十元だと分かった。本当なら計百五元になるはずで、なるほど小籠包のぶんがまるまる抜けていたようだ。恐らく後から追加注文したせいで、おばちゃんが計上し忘れたのだろう。ボッタクリどころか、逆に食い逃げした形ではないか。
 七十元は三百円弱である。大した金額ではないとはいえ、さすがに罪悪感に駆られた。お金を払いに引き返そうかとも思ったが、この日はこれから新幹線に乗って別の街へ移動しなければならなかった。モヤモヤした気持ちのまま、僕は台北を後にしたのだった。
 そんなエピソードが、まさかその日一日の行動への伏線になるとは思わなかった。良からぬことをすると、その報いが必ず返ってくる。因果応報とはこのことだ。
 台中で新幹線を降りた後、在来線に乗り換え、清水という駅で下車した。そこから路線バスに乗り込み、さらに移動する。台北からの日帰り旅行としては結構な大移動なのだが、どうしても見てみたい場所があった。高美湿地である。「台湾のウユニ塩湖」などと噂される、昨今注目を集める絶景スポットだ。
 ところが目的地に近づくにつれ、空はどんよりとした厚い雲に覆われ始めた。バスを降りた瞬間には雨がぱらつき出し、いよいよ湿地に辿り着くと、そのタイミングを狙い澄ましたかのようにザーザー降りに変わった。自然の景勝地で雨に降られたら、仕方ないとはいえやはり色々と台無しである。徒労感に包まれながら、来た道を引き返したのだった。
 話はこれで終わらない。帰りの道中がもっと悲惨だったのだ。清水駅を通る路線はローカル線で、一時間に一本ぐらいしか電車がない。あらかじめ時刻表をチェックして、少し早めに駅へ戻ったら、なんと電車の到着が大幅に遅れるという。夕暮れどきの駅舎で雨宿りをしながら電車を待っていると、蚊に刺されまくるというオチも付いた。
 予定より一時間も遅れてやってきた在来線で台中市内へ戻り、新幹線に乗り換えようとしたら、恐ろしく混雑していて、グリーン車しか席が残っていなかった。台湾の新幹線は日本と比べると運賃は割安なものの、グリーン車なんて無駄な出費だ。この日はそのまま夜の便で、日本へ帰国しなければならなかった。強行軍のため、ほかに選択肢がなく、あきらめて乗るしかないのだった。
 桃園駅で新幹線を降り、桃園空港でチェックインをした。本当は帰る前に台北市内でディナーを楽しむつもりだったが、電車が遅れたせいでそれもあきらめざるを得なくなった。かくなるうえは、空港内にある度小月で担仔麺でも食べようかとレストラン街へ立ち寄ると、ラストオーダーを締め切ったばかりだと言われ、ガックリ項垂れた。
 なんだか、すべてが空回り。朝ご飯を食べた豆乳屋さんで、(結果的に、だけど)食い逃げした罰が当たったのかもしれないなあ、などと自戒の念に駆られながら、よろよろと帰国便に搭乗したのだった。

【新刊情報】
筆者の新刊『週末5万円からの東南アジア』(大和書房)が8月23日に発売になりました。タイやベトナム、シンガポールといった週末海外の定番から、フィリピンの棚田やマンダレーといったこだわりの旅先まで、短期&低予算で東南アジアを楽しみ尽くす最新旅行記です。

※豆乳→次回は「う」がつく旅の話です!

P8090557

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2015/9/8号 Vol.054


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第50回 吉田友和

と 豆乳

 またしても台湾へ行ってきた。この一年でかれこれ五度目の訪問になる。すっかりマイブーム到来という感じなのだが、繰り返し訪れていると、なんとなくお決まりのコースができてくる。
 たとえば台湾での朝食は、豆乳と決めている。現地の言葉だと「豆漿」と書いて、「ドウジャン」と発音する。豆乳といってもホットやアイス、甘いのやしょっぱいのなど種類は豊富で、店ごとに味付けが異なるから奥は深い。揚げパンや焼きパンなどと一緒に一杯の豆乳を味わうのは、我が台湾旅行における幸福な時間のひとつだ。
 台北で常宿にしている中山路のホテルでは、無料の朝食も付いてくるのだが、大して美味しくもないので食べることはない。コーヒーを一杯だけ飲んで、散歩がてら外の食堂を目指すのがよくあるパターンだ。
 店はその日の気分で都度選ぶ。今回は阜杭豆漿へ行ってみることにした。日本のガイドブックでも必ず紹介されている有名店だ。いつも行列ができているので覚悟はしていたのだが、今回は列の長さが尋常ではなかった。最後尾はビルの二階にある店から階段を降りて、建物の外をぐるりと囲んだ遥か先である。
 朝っぱらからよくもまあ、と唖然とさせられる。台湾の人たちの美味しいものに対する執着心には本当に舌を巻く。並ぶのは大の苦手だ。列を目にした瞬間、僕はあきらめて踵を返したのだった。
 仕方ないので、近くにある別の店へ向かった。食べられるメニューはほとんど同じなのに、こちらは可哀想になるほど空いていた。とりあえず冷たい豆乳と焼餅を注文。さらには蒸籠からもうもうと上がる湯気につられ、朝から小籠包も追加した。確かに阜杭豆漿と比べると味のレベルには妥協が感じられる。でもまあ、お腹がいっぱいになったことだし、ひとまずホッと一息、ついたまでは良かった。
 お会計を済ませ、店を出て、最寄り駅からMRTに乗り込んだときのことだ。ふっとある疑問が脳裏をよぎったのだ。
「あれ、ずいぶん安かったような……」
 食堂のおばちゃんに言われた金額は、確か三十五元だった。台湾ではどこかの国のようにボッタクリに遭うことはまずないから、とくに疑いは抱かない。僕は言われるがまま三十五元を支払ったのだが、冷静に考えたら三十五元は安すぎるような気がしてきた。
 カメラの液晶モニターで写真を確認してみる。たまたま店内の写真を撮っていたのだ。壁に書かれたメニューに金額の数字が書かれていた。それによると豆乳が二十元、焼餅が十五元、小籠包が七十元だと分かった。本当なら計百五元になるはずで、なるほど小籠包のぶんがまるまる抜けていたようだ。恐らく後から追加注文したせいで、おばちゃんが計上し忘れたのだろう。ボッタクリどころか、逆に食い逃げした形ではないか。
 七十元は三百円弱である。大した金額ではないとはいえ、さすがに罪悪感に駆られた。お金を払いに引き返そうかとも思ったが、この日はこれから新幹線に乗って別の街へ移動しなければならなかった。モヤモヤした気持ちのまま、僕は台北を後にしたのだった。
 そんなエピソードが、まさかその日一日の行動への伏線になるとは思わなかった。良からぬことをすると、その報いが必ず返ってくる。因果応報とはこのことだ。
 台中で新幹線を降りた後、在来線に乗り換え、清水という駅で下車した。そこから路線バスに乗り込み、さらに移動する。台北からの日帰り旅行としては結構な大移動なのだが、どうしても見てみたい場所があった。高美湿地である。「台湾のウユニ塩湖」などと噂される、昨今注目を集める絶景スポットだ。
 ところが目的地に近づくにつれ、空はどんよりとした厚い雲に覆われ始めた。バスを降りた瞬間には雨がぱらつき出し、いよいよ湿地に辿り着くと、そのタイミングを狙い澄ましたかのようにザーザー降りに変わった。自然の景勝地で雨に降られたら、仕方ないとはいえやはり色々と台無しである。徒労感に包まれながら、来た道を引き返したのだった。
 話はこれで終わらない。帰りの道中がもっと悲惨だったのだ。清水駅を通る路線はローカル線で、一時間に一本ぐらいしか電車がない。あらかじめ時刻表をチェックして、少し早めに駅へ戻ったら、なんと電車の到着が大幅に遅れるという。夕暮れどきの駅舎で雨宿りをしながら電車を待っていると、蚊に刺されまくるというオチも付いた。
 予定より一時間も遅れてやってきた在来線で台中市内へ戻り、新幹線に乗り換えようとしたら、恐ろしく混雑していて、グリーン車しか席が残っていなかった。台湾の新幹線は日本と比べると運賃は割安なものの、グリーン車なんて無駄な出費だ。この日はそのまま夜の便で、日本へ帰国しなければならなかった。強行軍のため、ほかに選択肢がなく、あきらめて乗るしかないのだった。
 桃園駅で新幹線を降り、桃園空港でチェックインをした。本当は帰る前に台北市内でディナーを楽しむつもりだったが、電車が遅れたせいでそれもあきらめざるを得なくなった。かくなるうえは、空港内にある度小月で担仔麺でも食べようかとレストラン街へ立ち寄ると、ラストオーダーを締め切ったばかりだと言われ、ガックリ項垂れた。
 なんだか、すべてが空回り。朝ご飯を食べた豆乳屋さんで、(結果的に、だけど)食い逃げした罰が当たったのかもしれないなあ、などと自戒の念に駆られながら、よろよろと帰国便に搭乗したのだった。

【新刊情報】
筆者の新刊『週末5万円からの東南アジア』(大和書房)が8月23日に発売になりました。タイやベトナム、シンガポールといった週末海外の定番から、フィリピンの棚田やマンダレーといったこだわりの旅先まで、短期&低予算で東南アジアを楽しみ尽くす最新旅行記です。

※豆乳→次回は「う」がつく旅の話です!

P8090557