3b. 世界一周ノート 青木大地

仕事をやめ、2013年10月から1年間の予定で世界一周の旅に出ました。

Profile
aoki_s

青木大地(あおき・だいち)

1986年生まれ。日本大学 芸術学部 卒業。
卒業後、大手レンタルビデオメーカーに勤務。店舗、営業を経て世界旅行のため退社。
念願のフリーライターとしてとりあえず1年は過ごせそうです。
同名義でFacebookもよければ見てください。

Facebook

第22回:インド ジャイプール~ジョードプル~ファテープル・シークリー

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息が切れて、後ろを振り返ると誰も追って来なかった。ムンバイの大通りにはリキシャが列をなして僕を誘っていた。

西インド、ジャイプール・ジョードプルを目指して僕はムンバイの大きな駅を巡っていた。チケットがなかった。駅の外国人専用窓口で聞いても、ローカルの長い列に並んでも効率良く移動できる列車がなかった。「あそこの駅に行ってみたら?」と根拠のないたらい回しにあって、よく言えばインドを信じていたからできたことだけれど、僕は色々な駅の窓口へと顔を出した。
その時の移動手段も列車で、常に超満員の中で市内を移動していた。運賃は16円だったけれど、誰も切符を持っている人はいなかったし(突然線路から飛び乗ってくる乗客もいた)、僕も無賃乗車をしていた。

ようやく納得のできるルートが組み上がってジャイプール行きのチケットが買え、ホテルの最寄り駅に着いた時だった。初老の駅員が僕を見つけると駆け寄ってきて、「チケットは?」と言った。
僕は何故か「誰も買ってないチケットを、どうして買わなければならないのか!そして何故外国人の僕を狙ったかのように声をかけてきたのか!」と言って逆ギレした。今思うと恥ずかしいことだけれど、インドに居るという緊張感が僕の良識とか、金銭感覚を麻痺させていたのかもしれない。罰金は600円程度とのことで、僕は駅の事務所へと連行された。
事務所に足を踏み入れた瞬間、僕はとっさに駅員を振り切って走って逃げた。
この旅で走って逃げるのは2回目だった。最初は上海でお茶会詐欺から逃げた、そして今回はキセルの取り締まりから。
大通りのリキシャの誘いを断って、僕は泣いた。前日は失禁し、今日は法を犯して逃げた。何て情けないことをしているんだろう。こんなことをするために僕は旅行をしているんじゃない、と泣いた。この日は母親の誕生日で、とんでもない親不孝者だと自分を呪った。

西インドの砂漠は美しかった。ピンクの街ジャイプール、青の街ジョードプルでの観光は比較的清潔な安ホテルにも恵まれて楽しむことができた。いい加減な人々も、親切な人々も、迷い込んだスラムも、強烈過ぎる印象を残して記憶の奥底に沈んで行った。
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目を覚ますとアグラに列車は到着していた。楽しみにしていたタージ・マハルは、それまでのインドがそれを上回って美しさ以外の感情を生むことはなかった。
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不安定だったWiFi環境も安定して、少し足を伸ばしてファテープル・シークリーという古都の遺跡群を訪れたりもした。
バナナを20分くらい値切ったり、完全ローカルの屋台に挑戦したり、変なお土産屋に連行されたり、駅前でたむろするタクシードライバーにタバコをせがまれたり、そのお礼に携帯でエロ動画を見せられたり。僕はまた少しインドに順応できてきている気がしていた。行列に並んで列車のチケットを買うことにも慣れた。
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そして首都ニューデリーの喧噪の中で、そろそろ罪を流す頃合いかなと、濁った夜空を見上げた。
罪深く怠惰に生きてきた罪を、そして失禁を、キセルを、ガンジス川で洗い流すそうと決めた。

次回は今度こそガンジス川沐浴とバングラッシーを記します。


世界一周ノート
とりあえずの予定コース:上海→杭州→南寧→ベトナム→ハノイ→ホーチミン→カンボジア→チェンマイ→ラオス→バンコク→パンガン島→ペナン島→マラッカ→スマトラ島→ジャワ島→マニラ→シンガポール→ジョホールバル→シドニー→チェンナイ→ムンバイ→ジャイプール→ジョードプル→アグラ→ニューデリー・・・。以降トルコ、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、南米と巡る予定

3b. 世界一周ノート 第22回:インド ジャイプール~ジョードプル~ファテープル・シークリー


3b. 世界一周ノート 青木大地

仕事をやめ、2013年10月から1年間の予定で世界一周の旅に出ました。

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aoki_s

青木大地(あおき・だいち)

1986年生まれ。日本大学 芸術学部 卒業。
卒業後、大手レンタルビデオメーカーに勤務。店舗、営業を経て世界旅行のため退社。
念願のフリーライターとしてとりあえず1年は過ごせそうです。
同名義でFacebookもよければ見てください。

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第22回:インド ジャイプール~ジョードプル~ファテープル・シークリー

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息が切れて、後ろを振り返ると誰も追って来なかった。ムンバイの大通りにはリキシャが列をなして僕を誘っていた。

西インド、ジャイプール・ジョードプルを目指して僕はムンバイの大きな駅を巡っていた。チケットがなかった。駅の外国人専用窓口で聞いても、ローカルの長い列に並んでも効率良く移動できる列車がなかった。「あそこの駅に行ってみたら?」と根拠のないたらい回しにあって、よく言えばインドを信じていたからできたことだけれど、僕は色々な駅の窓口へと顔を出した。
その時の移動手段も列車で、常に超満員の中で市内を移動していた。運賃は16円だったけれど、誰も切符を持っている人はいなかったし(突然線路から飛び乗ってくる乗客もいた)、僕も無賃乗車をしていた。

ようやく納得のできるルートが組み上がってジャイプール行きのチケットが買え、ホテルの最寄り駅に着いた時だった。初老の駅員が僕を見つけると駆け寄ってきて、「チケットは?」と言った。
僕は何故か「誰も買ってないチケットを、どうして買わなければならないのか!そして何故外国人の僕を狙ったかのように声をかけてきたのか!」と言って逆ギレした。今思うと恥ずかしいことだけれど、インドに居るという緊張感が僕の良識とか、金銭感覚を麻痺させていたのかもしれない。罰金は600円程度とのことで、僕は駅の事務所へと連行された。
事務所に足を踏み入れた瞬間、僕はとっさに駅員を振り切って走って逃げた。
この旅で走って逃げるのは2回目だった。最初は上海でお茶会詐欺から逃げた、そして今回はキセルの取り締まりから。
大通りのリキシャの誘いを断って、僕は泣いた。前日は失禁し、今日は法を犯して逃げた。何て情けないことをしているんだろう。こんなことをするために僕は旅行をしているんじゃない、と泣いた。この日は母親の誕生日で、とんでもない親不孝者だと自分を呪った。

西インドの砂漠は美しかった。ピンクの街ジャイプール、青の街ジョードプルでの観光は比較的清潔な安ホテルにも恵まれて楽しむことができた。いい加減な人々も、親切な人々も、迷い込んだスラムも、強烈過ぎる印象を残して記憶の奥底に沈んで行った。
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目を覚ますとアグラに列車は到着していた。楽しみにしていたタージ・マハルは、それまでのインドがそれを上回って美しさ以外の感情を生むことはなかった。
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不安定だったWiFi環境も安定して、少し足を伸ばしてファテープル・シークリーという古都の遺跡群を訪れたりもした。
バナナを20分くらい値切ったり、完全ローカルの屋台に挑戦したり、変なお土産屋に連行されたり、駅前でたむろするタクシードライバーにタバコをせがまれたり、そのお礼に携帯でエロ動画を見せられたり。僕はまた少しインドに順応できてきている気がしていた。行列に並んで列車のチケットを買うことにも慣れた。
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そして首都ニューデリーの喧噪の中で、そろそろ罪を流す頃合いかなと、濁った夜空を見上げた。
罪深く怠惰に生きてきた罪を、そして失禁を、キセルを、ガンジス川で洗い流すそうと決めた。

次回は今度こそガンジス川沐浴とバングラッシーを記します。


世界一周ノート
とりあえずの予定コース:上海→杭州→南寧→ベトナム→ハノイ→ホーチミン→カンボジア→チェンマイ→ラオス→バンコク→パンガン島→ペナン島→マラッカ→スマトラ島→ジャワ島→マニラ→シンガポール→ジョホールバル→シドニー→チェンナイ→ムンバイ→ジャイプール→ジョードプル→アグラ→ニューデリー・・・。以降トルコ、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、南米と巡る予定