2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅をしながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第7回 吉田友和

い インジェラ

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 エチオピア航空の機内でこれを書いている。首都アジスアベバを発ち、フランクフルトへ向かって北上している。シートモニタの表示によると、現在地はちょうど国境を越えてスーダンへ入ったあたりだ。
 エチオピアへ来たのはこれで二度目。前回の訪問からかれこれ10年以上も月日が経ってしまった。アフリカ大陸では初めて訪れた国であるせいか、とりわけ思い入れの深い国でもある。
 以前の旅を回想しながらアジスアベバの街を歩き回った。さすがに10年も経てば様変わりしているかというと、意外にもそんなこともなかった。相変わらず人や車の往来は激しく、埃っぽくごみごみしている。アフリカ最大の市場と噂されるマルカートへ足を踏み入れると、あのインドをも上回るレベルのカオスぶりに旅人は目が回りそうになった。
 「確かこの角を曲がったところに宿があったような…」
  記憶を紐解いていくと、その通りに宿が見つかった。泊まる気なんてないのに興味本位で料金を尋ねてみると、一泊200ブルだという。当時のメモを見ると70ブルと書いてあるから、ずいぶんと値上がりしている。
 エチオピア航空のオフィスも健在だった。ピアッサと呼ばれる街の中心部の、ど真ん中に位置する背の高い建物はひときわ存在感を放つ。あの頃はまだネット予約なんて便利な代物はなく、数少ない座席を確保するために毎日のように通い詰めたものだ。
 そんな建物のやや色褪せた看板の隅っこに、スターアライアンスの輝くようなロゴが追加されているのは、ささやかながら意味のある変化だろう。アライアンスへの加盟のニュースを知ったとき、失礼ながら僕は心底驚いた。あのエチオピア航空がねえ……。飛行機に乗っていて南京虫に刺されたのも今となっては昔話らしい。そのエチオピア航空に乗っている。機材はなんと最新のB787というから恐れ入る。
 エチオピアといえば、旅仲間と旅談義に花を咲かせていて、よく話題に上る定番のネタがある。インジェラである。話題といっても、あいにくいい意味ではない。
 「いろいろチャレンジしたけど、あれだけはダメだった」
 そんなニュアンスで語られがちな料理。世界のローカルフードの中で、手強い食べ物の代表格として君臨している。正直に告白すると、僕自身も苦手だった。
 インジェラはエチオピアで最もポピュラーな料理の一つだ。ふわふわとしたクレープ状のビジュアルは食欲をそそるものの、いざ口に入れてみると見た目と味のギャップに戸惑う。一言でいえば、酸っぱいのだ。それも、かなり。原材料はテフという名の穀物で、粉状にひいて2~3日かけて発酵させたうえで焼く。酸味があってこそのインジェラなのである。
 インジェラは、ワットという肉や魚を煮込んだシチューと一緒に食べるのだが、これまたとびきり辛かったりして個性的な味わいなのが追い打ちをかける。辛さの正体はバルバリという香辛料で、エチオピア料理には欠かせない存在というが、タイ料理などの唐辛子による辛さとは違って少々クセがある。
 せっかくエチオピアまで来たのだからと、10年以上の時を経て、再びインジェラにチャレンジしてみた。すると、どうだろう。案外イケるではないか。独特の酸っぱさがそれほど気にならない。完食には至らなかったが、少なくとも以前のようにまったく受け付けないというほどではなかった。旅を重ねる中で味覚もタフになってきたのだろうか。同じ土地を繰り返し訪れると、旅の記憶は更新されていく。
 そうこうするうちに、機内食のワゴンが回ってきた。飛行機はエジプト上空を飛んでいるようだ。チキンかフィッシュかと問われ、フィッシュを注文する。ここでインジェラが出てきたら話がうまくまとまりそうだが、あいにく付け合わせはピラフだった。


インジェラ
テフというイネ科の植物の粉を水で溶いて練り、発酵させクレープ状に焼いたもの。唐辛子で煮込んだワット(辛いシチュー)などをインジェラでつまみ一緒に食べる。 独特の酸味があり苦手な人も多いという。
-編集部

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2013/09/24号 Vol.007


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅をしながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第7回 吉田友和

い インジェラ

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 エチオピア航空の機内でこれを書いている。首都アジスアベバを発ち、フランクフルトへ向かって北上している。シートモニタの表示によると、現在地はちょうど国境を越えてスーダンへ入ったあたりだ。
 エチオピアへ来たのはこれで二度目。前回の訪問からかれこれ10年以上も月日が経ってしまった。アフリカ大陸では初めて訪れた国であるせいか、とりわけ思い入れの深い国でもある。
 以前の旅を回想しながらアジスアベバの街を歩き回った。さすがに10年も経てば様変わりしているかというと、意外にもそんなこともなかった。相変わらず人や車の往来は激しく、埃っぽくごみごみしている。アフリカ最大の市場と噂されるマルカートへ足を踏み入れると、あのインドをも上回るレベルのカオスぶりに旅人は目が回りそうになった。
 「確かこの角を曲がったところに宿があったような…」
  記憶を紐解いていくと、その通りに宿が見つかった。泊まる気なんてないのに興味本位で料金を尋ねてみると、一泊200ブルだという。当時のメモを見ると70ブルと書いてあるから、ずいぶんと値上がりしている。
 エチオピア航空のオフィスも健在だった。ピアッサと呼ばれる街の中心部の、ど真ん中に位置する背の高い建物はひときわ存在感を放つ。あの頃はまだネット予約なんて便利な代物はなく、数少ない座席を確保するために毎日のように通い詰めたものだ。
 そんな建物のやや色褪せた看板の隅っこに、スターアライアンスの輝くようなロゴが追加されているのは、ささやかながら意味のある変化だろう。アライアンスへの加盟のニュースを知ったとき、失礼ながら僕は心底驚いた。あのエチオピア航空がねえ……。飛行機に乗っていて南京虫に刺されたのも今となっては昔話らしい。そのエチオピア航空に乗っている。機材はなんと最新のB787というから恐れ入る。
 エチオピアといえば、旅仲間と旅談義に花を咲かせていて、よく話題に上る定番のネタがある。インジェラである。話題といっても、あいにくいい意味ではない。
 「いろいろチャレンジしたけど、あれだけはダメだった」
 そんなニュアンスで語られがちな料理。世界のローカルフードの中で、手強い食べ物の代表格として君臨している。正直に告白すると、僕自身も苦手だった。
 インジェラはエチオピアで最もポピュラーな料理の一つだ。ふわふわとしたクレープ状のビジュアルは食欲をそそるものの、いざ口に入れてみると見た目と味のギャップに戸惑う。一言でいえば、酸っぱいのだ。それも、かなり。原材料はテフという名の穀物で、粉状にひいて2~3日かけて発酵させたうえで焼く。酸味があってこそのインジェラなのである。
 インジェラは、ワットという肉や魚を煮込んだシチューと一緒に食べるのだが、これまたとびきり辛かったりして個性的な味わいなのが追い打ちをかける。辛さの正体はバルバリという香辛料で、エチオピア料理には欠かせない存在というが、タイ料理などの唐辛子による辛さとは違って少々クセがある。
 せっかくエチオピアまで来たのだからと、10年以上の時を経て、再びインジェラにチャレンジしてみた。すると、どうだろう。案外イケるではないか。独特の酸っぱさがそれほど気にならない。完食には至らなかったが、少なくとも以前のようにまったく受け付けないというほどではなかった。旅を重ねる中で味覚もタフになってきたのだろうか。同じ土地を繰り返し訪れると、旅の記憶は更新されていく。
 そうこうするうちに、機内食のワゴンが回ってきた。飛行機はエジプト上空を飛んでいるようだ。チキンかフィッシュかと問われ、フィッシュを注文する。ここでインジェラが出てきたら話がうまくまとまりそうだが、あいにく付け合わせはピラフだった。


インジェラ
テフというイネ科の植物の粉を水で溶いて練り、発酵させクレープ状に焼いたもの。唐辛子で煮込んだワット(辛いシチュー)などをインジェラでつまみ一緒に食べる。 独特の酸味があり苦手な人も多いという。
-編集部