3a. 恐怖!謎の白骨洞穴発見!!宮古島の密林に古代人の墓は実在した!!


3a. 恐怖!謎の白骨洞穴発見!!宮古島の密林に古代人の墓は実在した!!

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darklogosmall

評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
彼女いない歴=年齢を毎年更新中の不惑独身男。英語力は堂々の偏差値20台。生活保護受給者が見かねて食べ物をおごってくれるほどの高雅な生活レベルを維持している。学生期の終わりが就職氷河期に当たり、就職を諦めて、世界を放浪し始めた。好きな地域は中東の砂漠。お気に入りはアフガニスタンとソマリランドのビザ。残念ながら、まだ反米テロリストに知り合いがいない。最近は歳もとったしISが怖いから無難な国内旅ばかりだ。元コミケスタッフ。理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d.htm?member-j.html


数千年から続く墳墓には我々の想像を絶する多くの謎が隠されている。その謎を解くためには、厳しい自然と命がけで闘わねばならない。
呪われた古代人の墓とはいかなるモノなのか。
それは果たして存在するのか?
そこに隠された謎とは何か。
我々(実際は独りですが自称探検隊なので一人称は”我々”です。反論不可)は沖縄県宮古島を緊急取材。ついにその謎に包まれた遺跡の場所を明らかにしたのである。

(CM)

■今回の訪問先は「長墓(ながぱか)遺跡」という。Wikipediaの記載によれば遺跡の最下層は4200年前。その当時、海は目前に迫り、人々は海から吹き上げる風によって死者の霊魂が乗って天へ還ると考え、遺体をその遺跡に放置したという。すなわち、もはや日本ではほとんど見ることのできない「風葬」が行われていたというのだ。
我々は筑波大学先史学調査班(マーク・ハドソンら)にコンタクトを試みた。だがメールはSPAM扱いされたらしく、返事は得られなかった。その場所はかのWikipediaにも「沖縄県宮古島市島尻集落」とだけしか書かれず、具体的な場所がどこかまでは言及されていない。我々tabinote取材班(何度もいいますが独りです。反論不可)は、その謎を解こうと、東京からのべ2000kmを飛び、いままさに宮古島の奥地へと進んでいる。
宮古島には博物館がある。宮古島市総合博物館という。そこには確かに長墓遺跡の名はあるが、やはり詳細な場所は書かれていない。何か秘密にしなければいけない理由があるのだろうか。我々は古代人の怨念をそれとなく感じながら、島尻集落へと向かった。島の空港から北へ向かって徒歩2時間半。島尻集落は漁港のある小さな集落である。宮古島は台湾の台北より南に位置し、とても暖かい。

「道悪いです」
「臭すぎ」
「また牛糞だ…」
「島尻集落ってこの辺のはずだけどなぁ…」
探検隊(何度も書きますが隊員は1名)に疲労の色は隠せない。北へ抜ける道路から脇にそれて20分ほど、昼でも人影は全くない。過疎とはこのようなことをいうのか…

と、そのとき、運良く集落の人があらわれた。
「あ、すみませーん、ちょっといいですか」
「あン?」
「この辺に、長墓っていう遺跡があるって聞いたんですが」
「しらねえなぁ、今きた道戻って、300mくらいいったら横に入る農道がアっから、そこ進んでいったら家があるんで、そこで聞いてみて」
「は、はい、ありがとうございます」

とぼとぼと徒歩で戻る。脇道は農道である。邪悪な臭気漂う魔境は目前だ。
牛糞まみれの道を歩くこと十分。なるほど、牛飼いがいた。
「すみませーん!長墓っていう遺跡を探してるんですがー」
へんじがない。
「すみませーん!長墓っていう遺跡を探してるんですがー」
「アー?」
「この辺にあるっていう長墓遺跡!」
「アー、知らねェなあ。昔の墓なら、そこまっすぐ行ったとこだよ。俺は行ったことねェけど」
知らねェはずないでしょ。あなた地元でしょ!

そうしてまっすぐ行く。
小さな空き地に出た。駐車場のようなところで、よく見ると奥に小さな石碑が立っている。

空き地

空き地。目の前に広がる森の中に目指す遺跡がある。しかしどこから入ったらいいのか分からない

よく見ないと分からないくらいだ。入口らしきものは、ない。

石碑

石碑。道なんてないが、ここから入れと解釈するしかない。


「道なんてないですね」
「もう少し先ですかね」
「とりあえずもう少し歩いてみますか」
さらに五分歩くと、別の牛舎が現れた。

「すいませーん!」
シーン
「すいませーん!」
シーン
「誰かいませんかー!」
「ンー」
奥から露骨に怪訝そうな顔をした島人が出てきた。いかにも「おまえ、俺の土地でなにしてやがる?」という不審者をみる目つきだ。
「すみません、長墓っていう遺跡を探してるんですが…」
「ここじゃねぇよ、あっちだ」
といって今来た道を示された。すごく不快そうだ。本当かよ?
ともかくも、先ほどの空き地以外候補らしいところもないので、そうなのらしい。碑のあたりが怪しいが、すぐ裏は崖になっていて、道らしきものはなかった。

だがよく見ると地蔵の横にはかすかに崖に登る獣道らしきものがあった。
「…これ?」
「本気?これを登るの?」
案内看板など一切なく、RPGのごとく町の人に聞きまくらないと分からない場所。トレッキングとかしてるような人でないと気づかないような入口。

山中を強行突破。この写真はかなりひらけているところで撮ったが、実際はもっと密林。

山中を強行突破。この写真はかなりひらけているところで撮ったが、実際はもっと密林。


眼前には膝まで伸びた雑草と、生い茂るアロエのようなトゲトゲ植物。そして謎のインセクター。我々(略)は意を決して突入した。

わけいること五分。唐突に視界が開けた。

骸骨さん激写。野ざらしになっている。

骸骨さん激写。野ざらしになっている。


そこにあったのは眼前いっぱいに散乱する人骨の山であった。その数ゆうに五十体以上。発掘隊がわざとそのままにしたのかどうか、現状維持ぽくされている。解説も柵も一切なく、いきなり頭蓋骨が並ぶ様は文句なしの一級品である。ちなみにその場所はGPSトレーサによれば、北緯24.868825, 東経125.293218であった。Google Mapであれば、 https://www.google.com/maps/place/@24.868825,125.293218,18z/ である。

「隊長!やりましたね」
「ああ、遺跡は本当にあったんだ…!」

土地の人たちがかたくなに「自分は行ってないけど」と付け加える遺跡。本当は行ったことあるに違いない。だがそれはタブーなのだ。行っていないと言わなくてはいけないのだ。

崖の下に人骨が散乱する。

崖の下に人骨が散乱する。

我々は沈みゆく太陽に向かって、太古の人々の思いに馳せた。

■風葬という。琉球は中国とやり取りしてたが、それ以前の風習である。古代において、長墓遺跡は海岸沿いであった。海から吹く上昇気流によって死者の魂は天に昇ると考えられた。風葬とはそういう概念である。この地よりやや北に大神島という島があり、その北にある岩の群れにはも風葬が行われてきた島がある。現在、宮古島で知られる風葬はすべて北部に集中しており、現地人の話では大神島、狩俣、島尻の三カ所である。