3b. 蘇州号に乗ってみた その1


3b. 蘇州号に乗ってみた その1

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評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
彼女いない歴=年齢を毎年更新中の不惑独身男。英語力は堂々の偏差値20台。生活保護受給者が見かねて食べ物をおごってくれるほどの高雅な生活レベルを維持している。学生期の終わりが就職氷河期に当たり、就職を諦めて、世界を放浪し始めた。好きな地域は中東の砂漠。お気に入りはアフガニスタンとソマリランドのビザ。残念ながら、まだ反米テロリストに知り合いがいない。最近は歳もとったしISが怖いから無難な国内旅ばかりだ。元コミケスタッフ。理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d.htm?member-j.html

 
夏コミの2週間前。原稿あけ放心状態のまま大阪出張。色々と心労が重なり、ふらっと旅をしたくなった。外国に行きたいけどISが怖いから(大好きな)イスラム圏に近づけない。そもそも急すぎる。関空発色々の値段を見て卒倒した。無理、絶対無理。そこで某氏の一言を思い出す。「船は、いいぞ」と。調べてみると実にベストなものがあった。金曜発日曜着の「蘇州号」である。大阪から上海を50時間で結び、お値段は二等室Bで22000円。値段は上海行き飛行機の最安より少し高いくらいなのだが、カードの利用枠が残っていたので(=また借金が増えるのだけど)ネタも兼ねて乗ってみることにした。
船

天気晴朗なる梅雨明け後の金曜朝。大阪市営地下鉄中央線の終点「コスモスクエア」で降りた。本当は暗黒通信団の本を多数扱ってくれている大阪市立中央図書館にも見学に行きたかったのだが、遅れるとまずそうなので10時には駅についた。両手には「スーパー玉出」(大阪名物激安スーパー)で買った激安品をフル装備している。エスカレータで地上に出ると、いかにもな中国人風家族と欧米人がバスを待っていた。フェリーがでるときだけ運行される無料バスである。このバスで5分ほど揺られると「国際フェリーターミナル」につく。ターミナルでお金を払ってチケットを入手すると、待合でまてと言われた。出国審査は10時半から。国際フェリーターミナルは実にガラガラで、コンビニもATMもない。苫小牧行きのフェリーが出る大洗(ガルパンで有名ですね)港のほうが遥かに規模がでかい。まったく市内で物資を買っておかねば初戦完敗なのであった。なお搭乗締め切りは11時という説と11時半という説があって、公式ページの記述の中でさえ矛盾している。そのあたりは中国である。
ちょっとありえない合成写真

乗船というか、出国審査の段階で「あまりに少ない客」に驚いた。待合に並んでいるのはせいぜい10人。50時間耐久の380人乗りフェリーにしては少なすぎる。だいたい飛行機だったら中国行きなど限界ギリギリまで紙おむつと家電製品(笑)を詰め込もうとして頑張るものだろう。ならば船などそれはもう、太平洋戦争の引き揚げ船かインド北部の列車みたいな状況になっていなければいけない。なのになんだこの閑散感は。

出国審査は確かに10時半に始まったが、女性審査官が一人でさばいて10分ほどで終わってしまった。出国審査を抜ければ、土産屋も何もなく乗船口へ直結である。このレベルの簡素さはイエメンの空港を思い出す(サウジアラビアの空爆で今は使えなくなった)。なお出国スタンプ自体は成田と変わらないもので価値はない。EUみたいに乗り物によってスタンプを分ければプレミア感も出ようものに。

中国人に言わせると上海フェリー(株)の本社は上海にあって、大阪には事務所があるだけだというが、ホームページには「大阪本社」と書いてある。どちらの国の船かを問うのはナンセンスである。船の中では日本円が公式通貨でレストランも円払いであるが、船員といえば、ほとんどが日本語を解しない大陸民で、船内の公用語は中国語と英語である。船内案内も、中国語→日本語→英語という、乗客数の順になっている。船内を駆けまわってる少年たちは基本的に日本語で話しているのだが、中国語も理解するらしく「発音変だね」「普通の中国語だろ」とか軽やかに言ってる。天然バイリンガルという感じだ。ちなみに英語も解するらしい。
中国語ではこう発音

乗船してもまったくガラガラであるので、「今日の客は何人乗っているんですか」と日本語で聞けば、女性クルーは「は?」という感じで「シェシェ」(ありがとう)とか言われてしまった。自分の理解できる中国語なんて「シェシェ」と「ニーハオ」と「メイヨー」くらいなんだよ。とりあえず英語で絞り出すと、乗客数なんと32人。一等船室も全部合わせてそれである。脱北船並だ。最大316人乗りというから1割しか乗っていない。穴場といえば穴場だが、どう見ても赤字。燃料代も出ないのではないか。
がらんとした二等船室。これなら二等でも快適
がらんとした二等船室。これなら二等でも快適

22000円(運賃20000円+サーチャージ2000円)というのは男性用二等船室(雑魚寝)の運賃であり、当然一番混んでいるだろうところである。実際、雑魚寝部屋で良い位置を取りたいがために30分前に並んだのだ。ところがこの広大な二等船室に乗客はわずか6人。セルビア人と日本人(自分)とスイス人が各1人、中国人3人である。電源が2箇所にあり、とりあえず速攻でその一つを押さえた。どんな場所でもまず確保するのは電源。そうすればパソコンで作業ができて、50時間でもへっちゃらだ。しかし勝利感は全く無い。中国人らは実に彼らのメンタル全開で、廊下の電源にスマホをつないで優雅に充電している。32人じゃ、乗ってる全員よりもコンセントのほうが多いだろう。

本来この船の出港は12時なのだが、11時半過ぎには出発していた。案内は一切なく、汽笛を鳴らしたのかどうかすらわからない。まるでヨーロッパあたりの鉄道である。航路は大阪港から瀬戸内海を抜けて関門海峡をぬけて外洋に出る。瀬戸内海には瀬戸大橋というものが3本かかっていて、その下を抜けるのが1日目のハイライトである。なお2日目は海しかないのでハイライトはない。第一の瀬戸大橋は明石海峡大橋であり、これが公式案内ページでは13時通過予定。といっても30分前に出港したのでは30分前に通過するかもしれないから気が抜けない。7月末の暑い中、スプリンクラーが水を撒いている(そのせいで滑って仕方ない)甲板で張っていると、二等船室のセルビア人がやってきた。彼はもちろん英語しかしゃべらない。適当に話し相手をしているとなかなかハードな旅をしているらしく、ベオグラード(セルビア首都)からモスクワに入り、シベリア鉄道でウラジオストックに行って、船でソウル、釜山から船で福岡、駅寝と車中泊を繰り返して広島、京都、東京を観光し、いま大阪から上海に向かっているとのこと。「無職なう」らしい。「お前のサラリーはいくらだ? 俺は月5万円だった」とか謎の貧乏自慢が始まったので、日本人ワーカーの過労死寸前の働きっぷりをガシガシと教え込んだ。まぁ出張のあと、ふらっと外国に行ってしまう脱北者じみたやつの説得力はなかったかもしれないが。

そうこうしているうちに巨大な橋が見えてきた。そしてなぜかこのとき、一眼カメラが壊れた。ピントが合わないのだ。このソニー製はタイマー内臓であるから実にいいタイミングで壊れるのである。動画は諦め、念のため持ってきた二台目のカメラ(リコーのGR-IV)でとりあえず写真を撮りつつ、通過時刻はぴったり13時(誤差30秒)。キャプテンはなかなかいい腕しているらしい。なお、出発時同様、ハイライト通過の船内案内は一切ない。
瀬戸大橋をくぐり抜ける10秒前

船内設備を紹介しよう。公式ページの案内が貧弱すぎるのでネットで旅行記をあさるのが正しいのだが、基本的に船は最上級とはいえないものの、ネットで言われているほどボロくもないと思う。まず電源だが、ネット情報だと一等船室のものは使えないようだったが二等大部屋の電源2箇所は生きていた。掃除をするときに使うのだろう。この電源は夜10時から翌朝8時までは消灯とともに使えなくなる。充電は10時までにしておくことが必須である。シャワールーム(2階、24時間)と展望風呂(4階)があって、展望風呂は一等船室(4階)の人しか使えないことになっている。しかし実際には誰も監視などしていない(監視カメラが2台あるが、よく見るとUSBケーブルが抜けていてなんの意味もない)ので入り放題である。お湯も綺麗だ。展望風呂にはシャワー室にはないボディシャンプーもある。ちなみに公式ページには24時間入れると書いてあるが、実際には夜10時までしか入れない。デッキの構造上、階段がインフォメーション付近にしかないため、4階の展望風呂で優雅に過ごしてそのまま2階の二等船室に降りると、髪を濡らしてインフォメーションの前を通過することになって「お前、二等民のくせに展望風呂に入っただろう」と拿捕される可能性がある。乗客は32人しかいないのだから、よほどでないと全員顔を覚えられていると思っていい。そういうわけで、展望風呂のあとは甲板に出て海風にあたり、独りタイタニックを演じる。実際これがかなり至福である。髪をある程度乾かしてから2階に下りるとインフォメーションの監視網も難なく通過だ。廊下には二等民がシャワールームで洗濯したと思われる衣類が電線カラスのごとく並んで干してあり、さすが中国というか、中にはブラジャーまで揺れている。
無造作に干されているアレ
全く萌えない。
なお、トイレのほうは洋式で紙もあって特筆すべきことはない。中華大陸の奥地にあるという男女混載青空便所を期待する人は、蘇州号ではなくウィグル方面を目指そう。

インフォメーション前には無料の100円ロッカー(ただし小さい)があって貴重品を入れられる。水とお湯とお茶はサーバーがあって入れ放題。紙コップ(と酔い止め薬)はインフォメーションでくれる。カップ麺を持ってきた者勝ちだ。なおカップ麺は自販機でも240円で売っている。飲料自販機はキリン。ビールとたばこと牛乳の自販機もある。インフォメーションでは船内用のWifiパスワードも売っていて、これが1500円。この時期、元と円のレートは1元が15円なのに50元でもOKらしい。交換レートは崩壊している。洋上とはいえ日本のワンデーパスワードよりも格段に高いので今回はパスだ。ただしこの手の外国アカウントは匿名で何かしたいときに便利である(詳細不問)。日本の格安Wifiは大阪湾では安定して使えたが、岡山県あたりから断続的に不通になり、広島あたりでまた使えるようになったりと、なかなか不安定であった。なお2日目はすべて圏外。

他の設備としては誰も使っていない麻雀室とか喫煙所がある。人口が少なすぎて売店も開店休業状態だから、店員も暇で暇で仕方ないらしく、レジの前で寝ていたり、ラウンジで囲碁をやったりしていた。出入り口付近のテレビはWii対応(有料)で、家族連れが大型テレビの前で踊っているのを見ると楽しい。レストランについては特筆すべき点がある。朝昼夕があって、だいたい定食のお値段が500円なのだが、食器のレベルが学食である点を除けば味は悪くない。潜在需要が32人じゃスケールメリットもあったものではないが、上海出身のコックが作ったという広東料理は、学食はもちろん、人民広場の裏路地で食べる現地感全開のお粥よりも美味しいと思う。

船内の空調は効いている。面白いのは(おそらく扉をきっちり閉じるためだろうと思うが)陰圧になっていることで、デッキの外に出ようとすると結構な力で押さないといけない(扉は避難時を考慮して外に向かって押すような構造になっている)。この陰圧効果というのは身体的にも結構効き、出港時に扉が閉まって陰圧効果が出ると、急激に眠くなってくるのだ。二等船室の連中が真っ昼間なのにバタバタ寝てしまうのは面白かった。自分も寝たが。

この船を勧めたい理由の一つに「酔わない」というのがある。小笠原行きの船などに乗ったことがある人は分かるかもしれないが、外洋は波が高くて酔う。優雅どころじゃない話になる。北海道行きのフェリーでも太平洋を北上するから結構酔うものだ。しかし蘇州号は経路の1/3は瀬戸内海なので波が緩やかだ。関門海峡から東シナ海に出るのは2日目の午前2時で、外洋に出たあとも基本的に大きな揺れがこない。酔うという感じがしないのである。船は酔うからイヤ、という人には蘇州号がいいと思う。

第二の瀬戸大橋は鉄道が通っているもので、その昔18切符で通過したことがある。通過予定時刻は16時半。これも張っていたら、こんどは16時15分に通過した。相変わらずソニー製はタイマーだけ優秀でピントがずれており、リコーが活躍。第三の瀬戸大橋はいわゆるしまなみ海道で、自転車で通ったことがあるが、こちらは定刻通り19時10分頃に通過した。22時前に消灯。バー以外のサービスが停止する。このバーは22時半までやっているが、少し覗くと日本人のオバサンがギャラリーが一人もいない中で「津軽海峡冬景色」を歌っていて、なかなか寒い感じが出ていた。部屋の電源も切られてしまうのでバッテリで耐えつつ作業するが、だんだん眠くなったので諦める。午前2時に関門海峡を通過するまで起きてようと思ったが無理だった。

(続く)