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tabinoteメールマガジン 2016/10/19号 Vol.080

Contents

1. 旅行業界最新ニュース
2a. 連載:「タビノート」下川裕治
3a. 御柱祭のついでに長野の私鉄に乗ってきた ~4日目
3b. ウズベキスタン 極限のソ連宿
3c. 台湾南北縦断 その1
5. 旅の本屋 のまど イベント情報
6. 編集後記


1. 旅行業界最新ニュース

MRJがアメリカで初の試験飛行に成功

10月17日午後(現地時間)、開発中の国産ジェット旅客機「MRJ」が米国ワシントン州のグラントカウンティ国際空港で米国内初の飛行試験を開始した。三菱航空機は5機ある試験飛行機のうち4機を年内に持ち込み、2018年ごろまで飛行試験を繰り返す予定。

エアバス、10000機目の航空機引き渡しを達成

エアバスは10月14日、同社の総引き渡し機体が10,000機に達したと発表した。記念すべき機体となったのはシンガポール航空向けのA350-900型機。同機には「10,000th Airbus」の記念ロゴが入れられ、今月後半にシンガポールとサンフランシスコを結ぶ新規の直行便に投入される見通しだ。
AC-767
http://www.airbusjapan.com/single-jp/detail/10000/

ライアンエアの乗客が駐機場で脱糞。約34万円の罰金

9月30日、ライアンエアのマンチェスター>ブリンディジ(イタリア)便に搭乗していた68歳の男性が、到着後機体からターミナルビルに移動する間の駐機場で脱糞し、罰金3000ユーロ(約34万円)が課されていたことがわかった。機内にはトイレが設置されていたにもかかわらずなぜこのような行為に及んだかは不明。

Galaxy Note7、機内全面持ち込み禁止へ

国土交通省航空局(JCAB)の指示により、JALやANAなど航空各社は、爆発や発火事故が多数報告されているサムソンのスマホGalaxy Note7の機内持ち込みを全面的に禁止した。バッテリーを抜いた状態でも、手荷物、預け荷物どちらも持ち込み禁止と厳しい処置になっている。なお、同機種はすでに製造・販売打ち切りが発表されている。

中部国際航空にカプセルホテルが来春オープン

Tubeは、来年春に中部国際航空のターミナルビル1階にカプセルホテル「TUBE Sq(チュウブ・スクウェア)」をオープンすると発表した。客室数は男性84室、女性54室の計138室。宿泊だけではなく時間単位で利用するデイユースも用意する。
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http://tubesq.jp/

利用するだけでマイルがたまる「ANA Phone」登場

ANAとソフトバンクグループのSBパートナーズは、利用するだけでANAマイルが貯まる携帯電話「ANA Phone」の提供を12月より開始すると発表した。マイルは月々の利用金額に応じて積算されるほか、ANA便に搭乗するだけで1搭乗4,000マイル(プランに応じ最大5回までの制限あり)のボーナスマイルが加算される。機種はソニーモバイルコミュニケーションズの「Xperia XZ」。ソフトバンク回線をMVNOとして利用する。

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2a. 連載:「タビノート」 下川裕治

月に何回か飛行機に乗る。最近はLCCの割合が増えている。そんな体験をメールマガジンの形でお届けする。

Profile
shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

ホタルというLCCはスバン空港から

 昔から気になるLCCがあった。ファイアーフライである。
 LCCのネーミングはさまざまだ。欧米のサウスウエストやイージージェットのように、従来の航空会社名を踏襲しているところは多い。しかしタイのノック・エアになると、少し変わってくる。ノックとはタイ語で鳥である。
 ファイアーフライもその流れの名前だろうか。ホタルの意味になる。
 シンガポールのチャンギ空港で、出発便のボードを眺め、そこにファイアーフライとあるとつい視線が向いてしまう。
 はじめて目にしたのもチャンギ空港だった。プロペラ機だった。当然、機体は小さい。ファイアーフライと名づけた理由がわかったような気がした。
 ファイアーフライはマレーシア航空の子会社のLCCである。近距離を飛ぶ。プロペラ機が主体のようだった。
 その夜、クアラルンプールにいた。KLセントラルの前にある安宿で、翌日のコタバル行きの便をとろうとしていた。マリンドエアが片道3000円ほど。その予約を進めたが、クレジットカードの支払いがうまくいかなかった。何回やってもけられてしまう。
 気分を変えようと夕飯を食べにホテルを出た。小1時間ほどして戻り、再びマリンドエアの予約を進めようとすると、翌日便はすべて売り切れになっていた。ある時刻を過ぎると、翌日便の予約をクローズしてしまうのだろうか。
 次に安いのがファイアーフライだった。5000円ほどした。予約はスムーズに進んだ。しばらくすると、ファイアーフライからメールが届いた。なにげなく、その内容を確認していたのだが、利用空港のところで目が止まった。
「スバン空港?」
 年配の方なら懐かしい名前かもしれない。かつてのクアラルンプール国際空港である。僕も年配といわれる年だが、昔からマレーシアにはタイやシンガポールから陸路で入ることが多く、スバン空港は使ったことはなかった。KLIAができ、閉鎖されたと思っていたが……。
 スバン空港へ行くのは不便だった。一般的にはタクシーといわれた。市内から乗るのは高くなりそうだったので、電車でクラナジャヤまで行き、そこからタクシーに乗った。25リンギットだった。
 かつてのターミナル3だけを使っていた。その発着便を見て、
「そういうことか」
 と頷いた。利用しているのは、マリンドエアとファイアーフライだけだった。エアアジアに対抗するLCCである。
 機材はATRというプロペラ機。1時間ほどでコタバルに着いた。

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コタバル空港に到着した。座席は半分ほど埋まっていた

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3a. 御柱祭のついでに長野の私鉄に乗ってきた ~3日目「御柱祭>長野電鉄」~

好評、ハードコア音鉄(おとてつ)車内走行音派の黒田基介氏による、長野県私鉄走行音録音紀行レポート。3日目となるこの日は上諏訪の御柱祭を見物に行かれたようですが、それだけで帰るはずもなく……。
(注:本事例は2016年4月時点の予約可能なプランおよび費用にもとづいています。また、一部図版がサイズの関係で判読しづらい場合があります。後日PC用サイトにアップされるバックナンバーには原寸の図版を掲載する予定です。メルマガ版では雰囲気だけでもお楽しみください)

Profile
黒田基介

黒田基介

黒田基介(くろだ・もとすけ)
1975年東京都世田谷区生まれ。音鉄車内走行音派。



2016/04/09



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本日の予定

4:30 長野
起床。起床できてよかった。余裕も充分ある。駅まで徒歩7分なのでゆったりしていたら、突然の下痢。疲労か?トイレにこもっていたら間に合わない時間になってしまったので上田線の最初のサイクルをあきらめることにする。事前調査ではこの日2回採る1000系の一本目なのでそれほどダメージないはず。あと、4/7に長野電鉄長野線の普通車両二種の録音は終わっているので今日はプランBでゆく。

5:59 長野
あっぶない!横になったら寝てた。再びトイレに。トイレで計画を立て直し、6:42長野発に変更することにする。上田で32分の乗り換え時間があるのでよさそう。少し落ち着いてきたので昨日の夜にヨーグルト買っておいたのを思い出して飲む。部屋の片付けをして出よう。ちょっと夜食を食べ過ぎたかもしれない。

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6:33 長野(しなの鉄道線)
10分前入線。発車前に色々やることがあるので余裕があるのはありがたい。西武新宿線は入線即発車だったのを思い出す。

7:33 長野(しなの鉄道線)
思ったのと逆方向に発車する。クハに乗ってしまった。仕方がないのでモハに乗り換えて録音テストに切り替える。古い車両だし乗客が少ないので録音レベルを下げてみる。
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しなの鉄道はドアを手でこじ開けるスタイル。車内のモニターでしなの鉄道の1日乗車券の存在を知る。HPに書いてなかったけどあるじゃねーか!そして、この列車はそもそも録音しない予定だったのを思い出す。

7:37 上田(しなの鉄道線)
寝ぼけて西上田で降りかけた。さすがに眠い。上田で下車してフリーきっぷを買う。

7:38 上田(上田電鉄)
改札付近にゴツいカメラを持った鉄がいる。どうしようもないが注意が必要だ。録音中にカシャカシャされたらたまったものではない。

7:46 上田<>別所温泉
到着した電車は…おかしい1000系だ。6000系が来るはずだった。

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(画像:黒田;上田電鉄上田駅)
大失敗!なぜか車種別運行表を見間違えてた。なぜか、というか今回は見間違えが多い。見間違えたが予定通り来れてれば問題なかったのだが、朝の4運行の6000系に乗れないことになった。別所温泉往復しつつ今後の予定をおおまかに改変する。今日は上田電鉄往復を一本減らすことにした。このまま1000系を何本も録音しても仕方ないからだ。結果当初予定から2本減らした。余裕持って宿に戻り早く寝ることにする。今現在眠気がひどく、イビキかきがちだからだ。明日は直江津に出るのを諦めてもう一度上田へ向かおうと思う。とにかく上田電鉄を終わらせないと。また旅程の大改造しなければならなくなった。うまくゆかないのは折り込み済みのはずだが、これはいくらなんでもひどい。ひどいが、方針が決まれば行動するのみだ。とにかく淡々と今日の予定をこなして明日の予定は今晩立てることにしよう。
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9:46 長野
長野に戻って駅の立ち食いそば屋へ。カレーうどん頼む。後で、長野だし蕎麦を食べるべきだったと後悔。
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(画像:黒田;JR長野駅)
10:44 長野<>小諸
淡々と乗り換えてしなの電鉄線をこなす。それなりに乗客が多く、席取りを優先しなければならないので先頭車両の写真などなかなか撮影が難しい。今日は咳が出そうになる。一回咳をしてしまった。
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(画像:黒田;しなの鉄道長野駅)
14:10 長野
イビキかきまくりながら長野到着。疲れが・・・。
今日の長野日報の一面が全面御柱の写真で、僕らも写っているという連絡が来たので、長野日報を探して駅ビルの書店へ。書店て新聞売ってないのかあ。結局見つからず。どうやら諏訪の新聞だったようだ。外は暑い。初夏か?エアコンがつかないことを祈るばかり。

14:33 長野
乗り換え一時間でまだ余裕があるので駅ナカのBeck’sへ。色々と敗因に思いを巡らせてしまう。四月頭は時刻改正で失敗しがちだ。荷物少なくて済むので楽なんだが。いや、考えるのをやめなければ。淡々と録音をこなしたい。しかし上田は遠い。

15:14 再度上田へと移動

16:19 上田電鉄7200
観光客が多くざわざわしている。できれば乗客のいない状態で純粋に列車の音を録音したいが、うまくゆかないことの方が多い。イライラしても仕方がないのでそういう場合は、「旅情編」として楽しむことにしている。地元の人たちの方言まじりの会話は記録しておく価値もあるだろう。しかし観光客は・・・。家にテレビが無いので知らなかったけど、上田は今アツいみたいだ。それにしても暑い。来週にはもうエアコンが入りそうだ。タイミング的には丁度よかった。
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(画像:黒田;上田電鉄上田駅)

16:44 上田電鉄7200帰り
写真を撮っている間に進行方向左側のいい位置を女性二人連れに取られていた。車両には乗客6人。その横に座るわけにはいかなかった・・・。

16:46 上田電鉄7200帰り
八木沢。ゴツいカメラを持った鉄が四人乗り込んできた。警戒。

17:37 しなの鉄道線(上田>長野)
腰が痛いかも。そして、ついにエアコンのスイッチが入った。

18:12 しなの鉄道線(上田>長野)
もうクタクタだ。北しなの線にエアコン入ってたら休憩しようと思ったが、入ってなかった。乗り換え割とタイトだったのであまり良い位置が取れず。手足がひどくむくんでいる。この往復を我慢したらさっさと宿に戻って明日の準備して寝よう。疲れると40分とか20分がすごく長い。

19:06 北しなの線(長野>妙高高原)
さあ今日最後の一本開始。時間があるし他にもやろうかと思ったが体力的に限界。早く長野戻りたい。腹減った。長野で何食べよう。明日の朝の体調について考えると慎重にならざるをえない。長野を出る時はエアコン冷房の心配をしていたのにさすがに「高原」とあるだけに、ここは寒い。しかし長野の人は薄着だ。寒くないのかこれで。日中晴れてる時と日没後の寒暖差が激しい。
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(画像:黒田;しなの電鉄妙高高原駅)
19:47 長野
今日の最後の一本終了。疲れ果てた。最後は冷えて鼻水との戦いだった。腹減ったし冷えたし。暖かい蕎麦でも食べよう。長野だしな!

20:05 長野
パン屋で夜食を買う。ビニール袋に入れてもらう時に、あ!録音中にガサガサいったらやばい!ヒヤッとするが、今日はもう録音しないからいいのだった。

20:06 長野
駅前戸隠という蕎麦屋へ。あつとろ950円。客は僕一人。別に美味しくもないが、身体は温まった。

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(画像:黒田;手打ちそば処 戸隠)
23:30 宿
今日も予定外のことばかりであったが、宿に到着。
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23:35 長野
宿に戻って翌日のよていw、上田に行く予定を立てる。松本まできれいにはまった。上諏訪で急いで写真に撮った時刻表が役に立った。

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0:03 長野
どうせ長野>松本やらないなら、篠ノ井で乗り換えてもいいな。わざわざ長野まで戻ることもあるまい。とは思いつつ始発<>終点のダイヤじゃないと気持ち悪いというか特に変更の必要性を感じない、習性。だがこの疲れた状態ではできるだけ早く松本につきたい。また予定を組みなおす。

0:08 長野
篠ノ井もうまくはまった。松本で多少余裕ができた。トイレも安心。はよ寝なきゃ。
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本日の録音成果
https://www.youtube.com/playlist?list=PL8nC7KdUeuaLEUuTnQDrMEA8mgiDJdXJJ

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3b. ウズベキスタン 極限のソ連宿

初めて書かせて頂けることになったシと申す者である。不惑を越えて独身を突き進む理系で、ふだんは暗黒通信団という同人誌サークルで雑文を書いている。大学卒業がバブル崩壊に重なり、就活を諦め海外流浪しはじめて、はや20年。先進国以外をフラフラするのが趣味のオッサンだ。特技は激貧。苦手科目は英語と恋愛。要するにダメなやつである。今回は挨拶がてら、海外ダメ宿の体験を記してみたい。といってもこれは6年も前の話だからいま通用するかどうかはわからないし、書かれている地域はイスラム圏だから、真似して行ってみようとは思わないほうがいい。ISISは怖いのだ。あなたが戦場カメラマンや在外公館職員ならば、仕事なので仕方ないとしても、趣味で行くには危険すぎる。だから本稿は「うわぁ凄い」と深夜のテレフォンショッピングみたいに驚くだけにし、テレフォンショッピング同様、さっさと忘れるのが良いと思う。それではしばしお付き合い願いたい。

Profile
darklogosmall

評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
彼女いない歴=年齢を毎年更新中の不惑独身男。英語力は堂々の偏差値20台。生活保護受給者が見かねて食べ物をおごってくれるほどの高雅な生活レベルを維持している。学生期の終わりが就職氷河期に当たり、就職を諦めて、世界を放浪し始めた。好きな地域は中東の砂漠。お気に入りはアフガニスタンとソマリランドのビザ。残念ながら、まだ反米テロリストに知り合いがいない。最近は歳もとったしISが怖いから無難な国内旅ばかりだ。元コミケスタッフ。理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d.htm?member-j.html

ヌクス -アラル海のお膝元-

なんといっても特技が貧乏というくらいだから、どこに行くにしても宿は最低ランクだ。中には一泊300円とか、日本では考えられないような価格帯もある。もちろん、その国の物価にも依るし、安いからといって必ずしもダメな宿というわけではないが、常識的に言えばダメ宿のヒット率は高くなろう。最近はBooking.comなどで事前に宿の詳細を見ることができるから、ガイドブックだけを頼りに彷徨う時代よりはマシになったが、そのぶんダメ宿に当たる可能性も低くなってしまって少し残念だ。

今までの流浪で極めつけだったのはウズベキスタンだ。どこだそれ? 中国のちょっと西くらいだ。といってもカシュガルから陸路行こうなんて思わないほうがいい。途中にはフェルガナ盆地というテロの巣がある。直行便が出ているから素直に飛行機だ。ウズベキスタンはソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦)の解体とともにできた新興国で、古代にはシルクロードの要衝だった地域だ。直行便があるせいか、たくさんのパッケージツアーが入っていて、言葉もろくに通じない割に、日本人旅団であふれかえっている。だいたい、サマルカンドなど実際はショボいのに、名前だけで売れてる感が無くもない。ブハラのアルク城も登ってみると小規模だし、ヒヴァの城壁まで行かないとホラズム的迫力は楽しめないだろう。

しかし、そんなことはどうでもいい。貧乏国家ウズベキスタンの真実を体験したいなら、観光地以外に行くべきだ。少しでも辺鄙なところに入れば、そこには依然として旧ソ連衛星国家の文化が根付いている。

地図がある人は地図を見てほしいが、ヌクスという街がある。首都タシケントの西北。干からびるアラル海に近いところで、まぁ観光物件は何もない。本当はブハラからウルゲンチに抜けようと思っていたのだが、何を血迷ったか、ヌクス行きのバスに乗ってしまった。それは本当に「魔がさした」ようにふと思いついて乗ってしまったのであり、しかも僕の場合そういうことがよくある。ヌクスというのはウルゲンチよりも遙か北方にある街で、何が僕を引きつけたのかはいまだにわからない。

顛末は次のような感じだ。ブハラのバス乗り場は街の中心から少し外れた市場の裏にある。市場は朝にぎわうが、一通り取引が終わったら長距離用のバス乗り場になるわけだ。ウズベキスタンの連中はロシア語しか話さないから、ほとんど意思疎通できない。で、僕がいつものように「ウルゲンチ、バス、ウルゲンチ、バス」とロボットのように繰り返していたところ、何匹かの現地人様からジェスチャー80%で「ウルゲンチ行きのバスはもうないよ」という回答を頂いた。これがタクシー屋なら信じないところだが、だいたいウズベク人は嘘をつかないうえ、夕方だったせいか、実際バスなどちらほらしか見あたらないのだ。まぁ、信じざる得ない。イスラム圏の皆さんは、朝5時からアザーンで起こされるから、何でも朝早いのだ。巨大な荷物を曳いて市場まで来たのに、バスがないからといってこのまま宿に退散するのもシャクだから、なんか代わりのバスはないかとウロウロしていたところ「ヌクス行き」が出現したというわけだ。この種のバスは、観光用ではないから現地人しか乗らない。で、言葉が通じないので詳細が分からない。それでも、いいかげん面倒になっていたのと、今までろくにネタらしいネタもなかったので、まぁとにかく北に向かってくれればいいや、という後先考えないアグレッシブ(=馬鹿)さで乗り込んでしまった。

イスラム圏の長距離バスというものは、実に人情に溢れている。最初は「なんだこの日本人?」という眼差しで遠巻きにされるが、20人もいれば一人くらいは疑似英語を語る個体もいるから、なんか適当に意思疎通ができてしまう。で、カタコトの会話を繰り返していれば、何となくうち解けてくるのだ。というか、電源のとれない長距離バスなんて会話くらいしかすることがないので、必然的にそうなる。ウズベキスタンは極限的ジリ貧でも先進国でもない偏差値40くらいの国家だから、あまり常軌を逸した価値観の人もいない。例によって「お前は結婚してないのか」とか、お決まりの質問を華麗にスルーして会話が進む。

首都タシケントからサマルカンド、ブハラまでもバスだったが、そこまでの距離感覚からすると、ヌクスにつくのは真夜中か翌朝という感じだった。なんせウズベキスタンは道が悪い。共産主義の国はビシっと整備された巨大道路が売りじゃなかったのか。イエメンのような極限的ジリ貧国家ですら道路は整備されているというのに、ソ連様の舗装事情は全く心許ない。トイレもないボロバスに揺られて6時間。そろそろ夜中になったと思ったら、全員が街道沿いでおろされた。夕食である。その頃までには乗客団はすっかりうち解けて、街道沿いのいかにも木賃宿みたいなところでパーティになった。不思議なことに、たまたまバスに同乗したコミュニティであるにもかかわらず、年配者を中心としたヒエラルキが形成されている。あるいはいつも同じ路線を使ってる顔見知りなのかもしれないが。とにかく、年配者様が異人たる僕を接待してくれる、というような図式になるわけだ。そうなると異人としては逆らえないから、なすがままに宴会の輪に加わる。面白いのは酒が出ることだ。それもかなり強烈なジンである。イスラムというが、中央アジアあたりじゃ酒も全くOKで、皆さんガバ呑みだ。長く共産圏だったせいかもしれないが、女性も顔を隠してたりしないし、イスラムぽいのは朝のアザーンくらいだ。ちなみに彼らはウォッカといっていたが、なんか正統なウォッカとはだいぶ味が違う。飲み食い騒ぎと三拍子揃って、結果は激安の割り勘会計。これぞ個人旅行の醍醐味だ。バスは夜の10時くらいにメシ処を出発し、また北に向かった。

夜中の2時も過ぎて、ウトウトしていたら、後ろに座っていた男が起こしてくれた。いわく「宿は決まっているのか?」と。もちろん決まってるわけがない。だいたい着くのは朝だろうと思っていたのだが、「もうすぐ着くから、宿を探してやる」といって、運転席にいってなにやら交渉を始めた。こんな時間に街について、どうしろというのか。とりあえず、もうなすがままにお任せする。

それから30分もしないうちに、バスは大きなビルの前で泊まり、僕を吐き出した。親切な男は、極寒の中、ビルの中に入っていって、女主人を叩き起こし、なにやら会話。時刻は午前2時半。気温は体感零下。もうひたすら感謝するしかない。こんなの一人だったら凍え死ぬに決まっている。やがて一通りの話がついたらしく、男性は「達者でな、日本人」と言ったかどうか、手を振って去っていった。バスに戻って、街の中心か自分の家へ向かうのらしい。

当時の「地球の歩き方」によれば、ヌクスには安宿が二つあった。ヌクスホテルとタシケントホテルという。このホテルの名前はタシケントホテルのほうらしかった。ちなみに現在、このホテルはBooking.comにすら掲載されていない。
タシケントホテル

宿の主人は僕の荷物を旧式のエレベータに乗せ、部屋へと案内した。で、問題はこの宿である。お値段シングル一泊8ドル。個室が二つもあり、掃除もされてて、一見するととても豪華なのだが、まもなく僕はその実態に気づいた。

ベッドが虫だらけなのである。この寒いのに、蚊のような(でも蚊ではないだろう)昆虫が多数部屋の中を飛んでいて、ブンブンうるさい。何か食べ物の残骸でもあるんだろうかとベッドの下をめくると、多数の蟻が塚を作っていた。よく見ると、ベッドの柱が蟻の通り道になっている。午前二時で非常に疲れているものの、このベッドじゃ眠れんわ、と思い、隣の部屋で寝ることを考えた。たしか案内されたときにはソファーがあったはず。だが僕はそこで、もっと怖ろしいことを知ってしまったのだ。なんと部屋の電気をつけようとすると、ビィーンジジジジジという、何だか高電圧実験でもしてるような音がする。そして、白熱灯のふもとから、バシッ、バシッと不規則に火花が飛ぶのだ。焦げ臭い。僕はたまげた。明かりをつけたら火事になるぞ。そう、実質使える部屋がない宿だったのである。

ここでまっとうな日本人ならフロントを呼び出して文句をつけるだろう。もちろん僕もそうしようとした。しかし、宿の女主人は呼べど叫べど起きてこない。散々努力したあげく、結局は諦めるほかない。そもそも現地人が明らかに親切心でとってくれた宿だということで、文句がいいにくい。彼らにとってはこれが当然なのだ。おそらく他の部屋もどっこいどっこいで、いたずらに話を大きくしても、どうせ似たような部屋に回されるのだろう。今まで観光地の宿ばかりだったから気づかなかったが、これが本来のウズベキスタンクォリティなのだ。

もちろんというか、シャワーのお湯なんて出ない。それどころか、蛇口をひねると割れたホースから水が漏れてくる。体感零下の世界で泣く泣く水シャワー。一応ユニットバスの形状をしているが、便器は水だめのフタがとれていて、まともに水が流れないどころか下水管が詰まっていて、出すものを出しても放置するしかない。あけた瞬間に驚愕の光景が広がっていて、とても写真を撮る勇気が出ない。せめてもの、フタを閉めて臭いをごまかすしかないから、とりあえずトイレットペーパー(もちろん僕が持参したものだ)を便器とフタの間に詰めて疑似パッキンにし、上から椅子を逆さまに置いて封じた。これで漏れてくる臭いはだいぶ防げるだろう。
タシケントホテルのトイレ

しかし、実際問題どうやって眠るのか。火花小屋じゃ危なくて眠れないし、結局は昆虫ベッドを使うしかない。電灯をつけたままにすれば、蚊はライトに集まり、比較的僕の体からは離れるだろう。アイマスクでも使えば明るさはどうにかなる。蟻のほうはとりあえず、火花小屋に備え付けられていた洗面器のようなものを塚にかぶせ、それでも蟻が漏れてくる部分はトイレットペーパーで封じた。トイレットペーパー様大活躍。ベッドの足にいた蟻は服で振り払い、残りは無視する。軍隊アリじゃないんだから殺されることはあるまい(幸いなことに僕はアマゾンで実際に軍隊アリに遭遇したので、その識別は容易だ)。それにしても、なんだって夜中の三時に逞しさを発揮してるんだか。

こうしてとりあえず寝ることは寝たが、よく見ると厚いカーテンが存在しなかったので、翌朝は七時からお目覚めだった。実質四時間に満たない睡眠で、早々と宿から脱出する。脱出というより脱獄。郷においては云々、というが、頑張れば慣れるものなのだろうか。慣れた自分を想像したくない宿だったことは確かだ。

タシケント -虫のお宿-

ヌクスも凄かったが、現時点で僕が知る限り一番激しい宿は、首都タシケントにあった。「ハドゥラ」という、地球の歩き方にも「いかにも旧ソ連的な安宿」というコメントが載っていた。ちなみにこちらも現在Booking.comには載っていない。
ネットには旅行記のようなものがあって、やっぱりコケおろされているので、僕の感覚は間違っていないと信じている。

普通は宿を決めるとき、値段と安全を両方とも考慮するのだが、夜行列車で朝にタシケントについて、ポワぁンとする頭でセレクトするともうダメだ。面倒になってしまって、安ければとりあえずいいでしょ、という投げやりモードになってしまう。

地下鉄を降りてロータリーを折り返し、徒歩30分。サーカス場の向かい。それは外観からしてヤバかった。どこかしら雰囲気が「廃墟」なのである。まるでシムシティで電気が来なくなったときの真っ黒のコンクリ。実際は黒いわけではないが、黒いオーラが出ている。これはヤバそうだと思うが、大きな荷物を引いているせいか、他の宿を探す気がしない。アラブ圏とかだと、安宿というのは安宿エリアにかたまっているから、ある宿がダメそうだったら近くの似たようなレベルの宿に入ればいいだけだ。ところが、ハドゥラの近くにはそんなものはない。そもそもソ連の計画経済で建てられているので、安宿街みたいな自然発生的概念は許されない。ハドゥラは完全に孤立した安宿だった(実は探せばいくつかあったのだが、それを見つけるのは翌日の話である)。とはいえ、メインストリート沿いで、近くにはカフェのようなものが並んでおり、食べ物には困らなさそうだから、まぁいいだろうと入ったのが運の尽き。

一階の事務机にウズベク人が座っていたので聞いてみると、コピー室を示された。まずはパスポートのコピーをとれ、というわけだ。ウズベキスタンでは外国人は「まともな」宿に泊まらなくてはならず、宿泊の証明として、発行された紙切れを出国時にチェックされる。このあたりはソ連ぽい感じがする。で、宿はそのためにパスポート情報を把握する必要があり、確かにコピーをとれという宿はたまにあるのだ。

コピーをとると4階の事務室に行く。この廃墟のエレベータは凄かった。なんとエレベータの呼び出しボタンが30度くらい斜めに取り付けられているのだ。わざわざ壁に斜めの穴が開けられて、そこに取り付けられている。設計思想が理解しがたい。美術館にあったら立派な前衛芸術だが、ここにあるとただの手抜きに違いない。それにしても、なにを考えてわざわざコンクリに、斜めにきっちり長方形の穴を開けるのか? さすが「まともな」宿だな。エレベータ自体も加速度処理を全く考えていないオンオフだけのスイッチ制御である。4階のボタンは若干押しにくかった。正拳突きで三回くらい連打するとランプがつき、やっとボタンが認識される。とりあえず動くことは動くが、日本じゃアウトだろう。シンドラーなんてソ連製に比べればまだまだ甘い。

事務室はエレベータをおりてすぐのところにあるが、朝10時の時点では鍵が閉まっていた。まぁ、人手の足りないボロ宿ではそういうこともあるから、黙って待つことにする。ほどなく、若い女性がエレベータで到着した。僕と同じく宿泊希望なのだろう。しばらく無言で待つ。モスクワは待つことを厭わない人々の集団だったが、衛星国家でも同様らしかった。やがて20分もして、宿泊希望者は二人三人と増えてきたが、事務室に人が戻ってくる気配はない。僕は片言の英語で女性に聞いた。「この宿はどうなってるんですか?」女性に英語は通じず、なぜかその後ろに並んでいた男性から「No good, but cheap(良くない宿だよ。だが安い)」という中学生の構文みたいな答えを頂いた。それは確かだろう。シングル一泊6ドルだもの。現地人に良くないと断言される宿ってどんなものか。常識的にはこの時点でさっさと逃げるべきだが、夜行列車の徹夜あけでは行動力が足りない。

やがて1時間もしてから、腰回り2メートルもありそうな事務婆が、えっちらおっちらとやってきて、軽い振動音とともに椅子に着陸し、受付を開始した。そして僕のパスポートコピーを受け取り、台帳のようなものを出してきて何事か書きつけた。「日本人と同室だよ」というような意味の現地語(ロシア語ですらなかったような)が発せられ、6階の部屋番号を書いた紙が渡された。鍵をくれとゴネたが、鍵はそもそもないらしい。仕方なく僕はエレベータに乗ろうとする。

エレベーターボタン
…エレベータのボタンは壊れていた。1階から4階に行くことはできるが、4階のボタンが壊れているので呼べない。とはいえど、大きな荷物を抱えて階段をのぼりたくはない。さてどうするか? 制限時間は5秒。

他の人が4階に上がってくるのを待つ、というのは一つの正解だ。しかし当分来そうにない。そこで、大きな荷物を抱えて「降りる」ことにした。のぼりはきつくても降りるなら何とかなるさ。3階と2階のボタンのうちどちらかが生きていれば、そこから6階に上がれるわけだ。最悪1階まで戻ればいい。まるでパズルゲームだ。もしもあなたが学生で、親や先生にゲームなんて意味がないといわれたら、ぜひこの体験談を引用してほしい。

結果として、3階のボタンは生きていた。とりあえず1階分だけ降りてエレベータを呼び無事に6階にゴール。ちなみにあとで調査したところによると、ボタンが生きているのは1階と3階と5階で、しかもエレベータの中のボタンは2階と5階が壊れていて押せない。脳トレに使えそうなエレベータである。

だが、これはほんの始まりでしかなかった。6階の指定された部屋に行くと、中からのっそりと日本人が出てきた。「こんにちは」「あ、この部屋に一緒することになりました、シといいます。よろしくお願いします」。青年は小柄な学生ぽい感じで、なぜか一心不乱にPSP(プレイステーションポータブル。当時流行っていた携帯用ゲーム機)でゲームをしていた。聞けば真性のニートで、中国から陸路ここまできたが、帰るお金がないのでこの宿に泊まったままだという。今後どうするのかと聞くと、イスタンブールまで行けば親戚のおじさんが住んでますから、という、希望に満ちた答えをもらった。が、ウズベキスタンからイスタンブールの間には、やたらビザのとりにくいトルクメニスタンと、陸路入国拒否のイラン様が控えている。バックパッカーが知らないはずもあるまい。大丈夫なんだろうか。

「一つお願いしていいですか?」と彼は切り出した。「夜も電気を消さないでほしいんです」「え?」わけをきくと、電気を消すとゴキブリが出るんだそうだ。ヌクスでは蚊と蟻だったが、こっちはGか。壁はヒビだらけであちこち穴が開いているし、電灯は切れかかっていて、紫外線でも出てる感じだ。期せずして日焼けエステの効果が得られそう。そもそも電線自体が壁のドリル穴から配線されている。客室に電ドリで穴を開けるなんて、たいした根性だ。ちなみに皮膜が腐っていて、いつ漏電しても不思議じゃない。もうはっきり言って、昆虫くらいでは全然問題にならない。シーツなどシミどころか、あちこち虫食い穴が開いているし、部屋中に異様な臭いが立ちこめている。彼が飲んだあとと思われるセブンアップとコーラのペットボトルには、何だかよく分からない6本脚のインセクターが群れていた。日本じゃ監獄でもここまでひどくはあるまいよ。

徹夜あけでフラフラではあるが、宿がこの有り様だし、とにかく昼間は活動しないと損した気分になるからと、頑張って街の観光に出た。そして夕刻帰ってきて、僕は更なる驚愕の事態を目にした。…トイレである。この先、食事中の人は読まない方がよい。

「ここのトイレは使えないですよ」とニート青年はPSPから目を離さず、さらっと言ってのけた。といっても汚いだけのトイレなんていくらでも経験してきたから、まぁ何とかなるさと思って、トイレットペーパー片手に行ってみる。…それはもはやトイレの機能を有していなかった。まず、扉がちゃんと閉まらない。たてつけが悪い上に鍵が壊れているのだ。そして、便器が割れている。当然ながら水が出ない。で、干からびた「ブツ」が何層にも積み重なって、巨大な原生動物のように居座っていた。これで用をたすくらいなら外に出ていって衆人環視の中でやったほうがマシだ。僕はもう見なかったことにして、慌てて退散。青年は「どうでした?」と素っ気なく聞いた。「無理ですね」と僕は素っ気なく答えた。この分だとシャワーも凄いことになっていそうだから、それも聞いてみたら「シャワーは大丈夫ですよ。お湯は出ませんが、水は出ますから」という素敵なコメントをもらった。そして付け加えられた。「シャワーは5階だけ使えます」…果たしてその通りであった。6階のシャワーは詰まっていて水も出ない。5階はかろうじて生きていた。これ、同室が日本人じゃなかったらどうやって情報入手するんだろう。夜行列車で風呂なしのあと、水シャワー。つくづくレベル高い国である。

翌朝、僕はさっさと荷物をまとめ、5階まで降りてエレベータに乗ったのだった。ニートの彼はプリングルスを食いながら、始終悠々とPSPで遊んでいた。その後、彼の消息は知らない。

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3c. 台湾南北縦断 その1

 
tabinoteタグチだ。
今年の4月にチェンマイ(タイ)に定住する妻と2人で台湾に行ってきた。台湾は何度も訪れているがほとんど台北中心だったので、今回は台北以外の都市を中心にまわってみることにした。

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台湾本島は九州とほぼ同じ面積なので、国内の移動も飛行機ではなくバスや電車で十分可能だ。せっかくなのでどっちも利用してみよう。

4月3日 チェンマイ>桃園空港>台北>高雄

チェンマイから台北へは台湾のLCC、V-Airの直行便が出ている。正確には出ていたのだが、残念なことに先日経営破綻のため運行休止になってしまった……。
ともあれ前日20時にチェンマイ国際空港を離陸したV-AirのA320は、4時間ほどのフライトで台北の桃園国際空港に到着した。
速攻で入国をすませバスで台北市内に出る。
台北駅にに着いたのはなんだかんだで3時すぎ。この時間からホテルにチェックインするのもなんだかもったいないので、このまま深夜バスに乗ってその日のうちに台湾南部の高雄まで行ってみようという計画だ。

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台北バスステーションは駅のすぐ近くの新しいビル。

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だがここで誤算が。すぐに出るバスはすべて売り切れており、一番早いバスでも3時間後の6時発車だったのだ。
ちなみに運賃は715元(約2200円)。VIPバスにしたので普通のバスならもう少し安いはずだ。

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ベンチで仮眠。4月だけど結構寒かった。

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ようやく乗車。VIPシートはファーストクラス並の社長椅子だ。
これは最高の旅になるなとテンション上がったが、実際は揺れがすごくて乗り心地はいまいちであった。とは言えほとんど寝てたんだが。

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午前11時半頃、高雄駅に到着。いやあ疲れたあ、、、

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今回利用したのはALOHAバス。台湾には大手高速バス業者が4つくらいありしのぎを削っている。ALOHAは高級感で売ってるみたい。車両は多少古いような気もしたけど確かに大名気分ではありました。

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とりあえずお腹が空いたので駅の売店で駅弁を購入、ベンチで食べる。しばらくタイ料理ばかりだったので日本に近いこの味付けがうれしかった。

タクシーでホテルにチェックイン。

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ホテルの前にあった「駁二芸術特区」という、高雄港の倉庫街を改装し若いアーティストに開放した施設に行ってみた。

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フリマなどもやっており、高感度な若者が集まるおしゃれスポットであった。

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ここに限らず最近の建築業界は古い建物を活かしたリノベーションが本当に上手だ。いいことだと思う。

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携帯のキャリアショップを探し、プリペイドSIMを購入。昔はいろいろ下調べする必要あったんだが、最近はどこでも適当に現地で調達できる感じがある。

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台湾といえばやはり夜市だろう。高雄でいちばん賑やかと言われる「六合夜市」に繰り出す。
アジアのマーケットというと、バッタ衣料やいらない土産物などの屋台が多く歩いていても実はそんなに楽しくないことも多いのだが、台湾の夜市はほとんどが食べ物屋台でとても楽しい。

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白身魚のから揚げが載ったとろみのある麺。

4月4日 高雄

前日の移動で疲れたので本日午前中はホテルで怠惰に過ごす。

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コンビニ飯もうめー

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一部で有名な高雄捷運(地下鉄)の萌えキャラ「前進吧!高捷少女(進め!高捷(たかめ)少女!)」と記念撮影。

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台湾では賭博は禁止されているはずだが、カジノらしきものを発見。中をのぞくと日本製のパチンコ・パチスロがずらりと並んでいた。
換金できるかどうかは確認できなかったが恐らくできる感じだった。

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By Photo by CEphoto, Uwe Aranas, CC 表示-継承 3.0, Link
オレの趣味の一つに高層ビル巡りがあるのだが、台湾の高層ビルというと台北の「台北101」があまりにも有名だが、2004年まで台湾でいちばん高かったのはこの「高雄85ビル」だったのだ。
「台北101」に負けない変態デザインはあまりに大きすぎて、夜ということもありうまくカメラに収められなかったのが残念。

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75階の展望台まで43秒で登るちょっパヤのエレベーターで屋上へ。
きれいな夜景だった。

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適当な海鮮レストランで夕食。シャコと思って頼んだウチワエビがたいそううまかった。

(続く)

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5. 旅の本屋 のまど イベント情報:
 11月2日 久保田由希さん スライド&トークイベント
 11月10日 光瀬憲子さん スライド&トークショー

Profile
プロフィール

旅の本屋 のまど

東京・西荻窪にある旅の本屋です。音楽、映画、思想、料理、宗教など、さまざまなジャンルから「旅」を感じさせてくれる本をセレクトしています。「旅」に関するイベントも定期的に開催中!
所在地:〒167-0042 東京都杉並区西荻北3-12-10司ビル1F
営業時間:12:00 ~ 22:00 定休日:水曜日
HP:http://www.nomad-books.co.jp/


新刊「きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅」発売記念
◆ライター 久保田由希さん  スライド&トークイベント◆
「本場ドイツのクリスマスマーケットの楽しみ方」

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新刊『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)の発売を記念して、著者でライターの久保田由希さんをゲストにお迎えして、ドイツや他のヨーロッパ諸国のクリスマスマーケットの楽しみ方についてスライドを眺めながらたっぷりと語っていただきます。前作『かわいいドイツに、会いに行く』では、おとぎの国のような美しい街並み、伝統が息づくかわいい民芸品や雑貨、おしゃれなカフェなど、定番的なドイツではない「かわいいドイツ」のおすすめスポットを紹介していた久保田さん。本作は、クリスマスの4週間前頃からキラキラ輝くイルミネーションに飾られた屋台に、クリスマスのオーナメントや雑貨、ホットワイン、焼き菓子にソーセージなど、美しいもの、おいしいものが一堂に集まる本場ドイツのクリスマーケットを中心に、フランス、オランダ、スイス、チェコなど、近隣諸国を含めた18都市、37ヶ所のクリスマスマーケットを紹介した1冊になっています。2002年以降、10年以上ドイツに在住している久保田さんならではの、貴重なドイツ&ヨーロッパ諸国のクリスマスマーケットのお話が聞けるはずです。久保田さんのファンの方はもちろん、ドイツの文化や歴史、クリスマスマーケットに興味のある方はぜひご参加ください!

※トーク終了後、ご希望の方には著作へのサインも行います。


久保田由希(くぼたゆき)

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東京都出身。日本女子大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターとなる。
ただ単に、住んでみたいという気持ちから、2002年にベルリンへ渡りそのまま在住。著作やブログを通して、一人でも多くの人にベルリン・ドイツの魅力を伝えるべく情報を発信している。散歩をしながらスナップ写真を撮ることと、ビールが大好き。著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『ドイツのキッチン・ルール』(誠文堂新光社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)など。

◆久保田由希HP「クボタマガジン」
http://www.kubomaga.com/


【開催日時】  11月2日(水)   19:30 ~ (開場19:00)
【参加費】   1000円   ※当日、会場入口にてお支払い下さい
【会場】  旅の本屋のまど店内
【申込み方法】 お電話、ファックス、e-mail、または直接ご来店のうえ、
 お申し込みください。TEL&FAX:03-5310-2627
 e-mail :info@nomad-books.co.jp
 (お名前、ご連絡先電話番号、参加人数を明記してください)
  ※定員になり次第締め切らせていただきます。
【お問い合わせ先】
 旅の本屋のまど TEL:03-5310-2627 (定休日:水曜日)
 東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1F
 http://www.nomad-books.co.jp
主催:旅の本屋のまど
 協力:マイナビ出版


新刊「台湾の人情食堂 こだわりグルメ旅」発売記念
◆光瀬憲子さん  スライド&トークショー◆
「大人が楽しめる台湾グルメを巡ろう!」

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新刊『台湾の人情食堂 こだわりグルメ旅』(双葉社)の発売を記念して、著者で翻訳家の光瀬憲子さんをお招きして、大人が楽しめる台湾グルメの巡り方についてスライドを眺めながらたっぷりと語っていただきます。前作『美味しい台湾 食べ歩きの達人』では、台北や、台北から地下鉄で15分の隠れたグルメタウン板橋(バンチヤオ)や三重(サンチヨン)、高雄(ガオシヨン)といった街のガイドブックには載っていないディープな地元食堂の楽しみ方を紹介していた光瀬さん。本作では、台北・台南・高雄を舞台に、朝市を散歩したり、下町の廟前酒場で地元の人と昼酒を楽しんだり、夕方は鴨肉を肴にビールを飲んだり、日が暮れたら大人向けの夜市を巡ったり、コストパフォーマンスのいい大人の台湾旅を提案しています。台北で就職し、7年間台湾に暮らしていた光瀬さんならではの台湾のおいしいお店の情報や見つけ方が聞けるはずです。光瀬さんファンの方はもちろん、台湾料理が大好きな方や台湾旅行に興味のある方はぜひご参加下さい!
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※トーク終了後、ご希望の方には著作へのサインも行います。


光瀬憲子(みつせのりこ)

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1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。
米国ウエスタン・ワシントン 大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、 上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。台湾とは無縁の生活を送っていたが、2007年に再訪し、魅力を再認識。以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に「台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な『本当の日本』」、「台湾一周!安旨食堂の旅」「台湾縦断!人情食堂と美景の旅」「美味しい台湾食べ歩きの達人」等。TABILISTAでコラム連載中→http://tabilista.com/cat/taiwan

◆光瀬憲子さん所属会社「キーワード」
http://www.k-word.co.jp/


【開催日時】  11月10日(木)   19:30 ~ (開場19:00)
【参加費】   1000円   ※当日、会場入口にてお支払い下さい
【会場】  旅の本屋のまど店内
【申込み方法】 お電話、ファックス、e-mail、または直接ご来店のうえ、
 お申し込みください。TEL&FAX:03-5310-2627
 e-mail :info@nomad-books.co.jp
 (お名前、ご連絡先電話番号、参加人数を明記してください)
  ※定員になり次第締め切らせていただきます。
【お問い合わせ先】
 旅の本屋のまど TEL:03-5310-2627 (定休日:水曜日)
 東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1F
 http://www.nomad-books.co.jp
 主催:旅の本屋のまど
 協力:双葉社

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6. 編集後記

tabinoteワタベです。なぜかフランスにおります。ふらっと入ったタイ料理屋の店員が全員黒服で、プミポン国王が在外タイ人の敬愛をも集めていたと気づきました。そしてその店の前には銃を持った兵士がいるというシュールさ・・・。
さて、今号から月間となったtabinoteメールマガジン、80号をお届けします。たいへんご無沙汰しております的な感じですね。月刊となった分パワーが薄まらないようにがんばります。近々皆さんにまた新しいお知らせができるかもしれませんのでお楽しみに。
後記から読まれる方はいないと思いますが、もしいらしたら念のため。今号は食事前には読まない方がいいです!

さて、月刊化によって一ヶ月溜め込まれたニュースは重要なものばかり。その中でも最も深刻なものは、やはりライアンエア乗客がおそそした件でしょうか。脱糞して罰金とはまさにフンだり蹴ったり。私も気をつけます。
下川さんのコラム。クレジットカードの支払いがうまくいかなかった→気分を変えようと夕飯を食べに・・・という流れは下川さんにしか書けませんね。ここ最近はツライアジア鉄道旅を続けてらっしゃるようですが、飛行機もラクではないようです。
今号は旅行記3連発です。
最初は黒田さん。ハードコア鉄道旅の克明な記録が文学の域に達しているとごくごく一部で話題になっています。今号もエクセルのシート画像を見ているだけで過呼吸になりそうでした。皆さんの旅心を募らせリラックスしていただくための旅行記企画なのに・・・。7:38上田のくだりは爆笑しました。
続いて初登場のシさん。tabinoteが大好物な貧乏&トラブル系旅行記で、こちらも濃い・・・。今回は貴重なウズベキスタンの旅行記を寄せていただきました。こういう旧社会主義圏でビザがうるさい国って、外国人が泊まれない宿とか多いんですよね。タシケントの宿の話も強烈ですが、そもそもろくすっぽ知らない行き先への長距離バスに乗ってしまうのがすごいよ!Wikipediaによるとヌクスは「アラル海の縮小で砂漠化や害虫問題が深刻化」だそうで、虫多いんすね…。まだまだ楽しい体験をいろいろお持ちのようですので、期待しております。
最後はtabinote田口の台湾縦断。緊張感あふれる旅行記に続くとほっこりくつろげる内容に感じます。台北に慣れきたら中部や南、東部を探索してみてはいかがでしょうか。

西荻のまどさんのイベント情報は11月2日・久保田由希さんのドイツクリスマスマーケット、そして11月10日・光瀬憲子さんの台湾地元食道巡りだそうです。どちらも2度目~3度目の観光で目的にしたいところですよね。クリスマスマーケットはタイムリーです。ドイツや台湾に興味のある方はぜひどうぞ。


さて、Facebookで70万以上の「いいね!」を獲得した「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」のカレンダーを抽選で16名!にプレゼントしています。期限は10月末。Facebookのtabinoteページに「いいね!」してメッセージするかメールを送るだけ。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
大きな声では言えませんが、当選確率はかなり高いです(特に「日本編」)。日本編5月の「モネの庭」の写真にはビビりますよ!
http://tabinote.jp/cmp/2017zekkei-cl


先日「世界ダークツーリズム」が洋泉社より刊行されました。

世界ダークツーリズム

ダークツーリズムとは戦災や災害跡地、虐殺現場や収容所、強制労働など死や悲劇の生じた現場をめぐる観光のこと。
角田光代さん、古市憲寿さん、森達也さん、蔵前仁一さんなど硬軟とりまぜた豪華な執筆陣で、写真も豊富。我らが下川裕治さんは南京、ハルビン、ハノイと3ヶ所寄稿されています。
この本にはなんと現地までの行き方ガイドがついています。リサーチはこの手の調査が大好物なtabinoteが担当しました。
発売を記念して、tabinoteでもいくつか「負の遺産」に関する旅行記を掲載していますので、ぜひご覧下さい。
南京大虐殺記念館
キリングフィールド
サラエボ
ザクセンハウゼン強制収容所


tabinoteサイトでは過去の有料メルマガ連載をアップしており、無料でご覧いただけます
連載:下川裕治さん
連載:柳下毅一郎さん
連載:水谷さるころさん

次回第81号は11月15日(火)の発行予定です。


発行:有限責任事業組合tabinote
http://tabinote.jp

※本メルマガの連載原稿または寄稿、告知などの著作権は著者・情報発信元に帰属します。その他の著作権および全ての編集著作権はtabinoteに帰属します。記事の引用・転載は出典を明記いただくとともに、諸関連法規の定めに従っていただきますようお願いいたします。

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