2a. 連載:「タビノート」 下川裕治  2016/10/18号 Vol.080


2a. 連載:「タビノート」 下川裕治

月に何回か飛行機に乗る。最近はLCCの割合が増えている。そんな体験をメールマガジンの形でお届けする。

Profile
shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

ホタルというLCCはスバン空港から

 昔から気になるLCCがあった。ファイアーフライである。
 LCCのネーミングはさまざまだ。欧米のサウスウエストやイージージェットのように、従来の航空会社名を踏襲しているところは多い。しかしタイのノック・エアになると、少し変わってくる。ノックとはタイ語で鳥である。
 ファイアーフライもその流れの名前だろうか。ホタルの意味になる。
 シンガポールのチャンギ空港で、出発便のボードを眺め、そこにファイアーフライとあるとつい視線が向いてしまう。
 はじめて目にしたのもチャンギ空港だった。プロペラ機だった。当然、機体は小さい。ファイアーフライと名づけた理由がわかったような気がした。
 ファイアーフライはマレーシア航空の子会社のLCCである。近距離を飛ぶ。プロペラ機が主体のようだった。
 その夜、クアラルンプールにいた。KLセントラルの前にある安宿で、翌日のコタバル行きの便をとろうとしていた。マリンドエアが片道3000円ほど。その予約を進めたが、クレジットカードの支払いがうまくいかなかった。何回やってもけられてしまう。
 気分を変えようと夕飯を食べにホテルを出た。小1時間ほどして戻り、再びマリンドエアの予約を進めようとすると、翌日便はすべて売り切れになっていた。ある時刻を過ぎると、翌日便の予約をクローズしてしまうのだろうか。
 次に安いのがファイアーフライだった。5000円ほどした。予約はスムーズに進んだ。しばらくすると、ファイアーフライからメールが届いた。なにげなく、その内容を確認していたのだが、利用空港のところで目が止まった。
「スバン空港?」
 年配の方なら懐かしい名前かもしれない。かつてのクアラルンプール国際空港である。僕も年配といわれる年だが、昔からマレーシアにはタイやシンガポールから陸路で入ることが多く、スバン空港は使ったことはなかった。KLIAができ、閉鎖されたと思っていたが……。
 スバン空港へ行くのは不便だった。一般的にはタクシーといわれた。市内から乗るのは高くなりそうだったので、電車でクラナジャヤまで行き、そこからタクシーに乗った。25リンギットだった。
 かつてのターミナル3だけを使っていた。その発着便を見て、
「そういうことか」
 と頷いた。利用しているのは、マリンドエアとファイアーフライだけだった。エアアジアに対抗するLCCである。
 機材はATRというプロペラ機。1時間ほどでコタバルに着いた。

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コタバル空港に到着した。座席は半分ほど埋まっていた