2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第52回 吉田友和

き Kindle(キンドル)

 機内モードに設定すれば、飛行機の離陸時や着陸時でもスマホやタブレットが使える。以前は電源を切らなければならなかった。ルールが変更されたのが2014年で、それからだいたい一年ぐらい経つわけだが、いまさらながらありがたみを実感している。
 空路での長時間移動の際、自分の場合、読書に耽るのが定番の過ごし方だ。もちろん寝ていることも多いが、起きているときは大抵は本をパラパラしている。
 読むのは、ほぼ電子書籍である。ルールが改正される以前は、紙の書籍も持参していた。電子書籍だと端末を使用できない離着陸時には本が読めなくなってしまうからだった。活字中毒者にとって読むものが何もない状態は耐え難い。シートポケットにある機内誌や免税品カタログの冊子をぱらぱらめくって、時間をやり過ごしたり。
「いまいいところなのに……」
 話が佳境に差し掛かったタイミングで、飛行機が着陸体勢に入ってしまい、泣く泣く電源を切らざるを得なかったり。色々と四苦八苦させられたのも懐かしいが、それも過去の話になった。いまではもう、搭乗してから降りるまでずっと電子機器を使える=読書できるのだ。少なくとも自分にとっては画期的なルール変更であった。
 普段から便利な電子書籍だが、旅行中はとくにそのありがたみが増す。物理的なスペースが不要で、荷物を減らせるのは大きい。紙の本に対する愛着もないわけではないが、利便性には逆らえない。紙版しかないものは仕方ないとしても、電子版が存在する場合には基本的に電子版を購入するようにしている。
 利用するプラットフォームは、もっぱらKindleである。Kindleが日本に上陸する前の電子書籍黎明期には、ソニーのリーダーストアを活用していたのだが、もう完全に乗り換えてしまった。プラットフォームが変わると、それまでに購入した本が読めなくなってしまうのは電子書籍の不便な点だ。とはいえ、一度読了した後で再読するような本は実際にはあまりないので、それほど影響はない。
 ジャンルやテーマを問わず、節操なく色んな本に手を出すが、旅行用の読書に限って言えばとくに長編小説が似合う気がする。日常の中のたとえば電車移動時にする読書とは違い、どっぷり作品世界に浸れるからだ。長編といっても長ければいいわけでもなく、飛行距離に応じた長さの本だと理想である。
 というより、着陸するまでに読了できないといささか厄介なことになる。先日グアムへ行ったときに、こんなことがあった。
 フライト中、僕はiPadのKindleアプリで小説を読んでいたのだが、思いのほか長い本で着陸するまでに読み終わらなかった。
 紙の書籍と違って電子版だと束(つか)が分からないため、ボリュームが把握しづらい。Kindleでは全体のページ数や、「この本を読み終わるまでにあと○分」といった情報がいちおう表示されるのだが、リアルな本の厚みとは違い感覚的に掴みづらい点は電子書籍のもう一つの弱点と言えるかもしれない。
 ともあれ、間が悪いとはこのことだ。外国に着いたばかりとはいえ、僕は本の続きが気になって仕方なかった。iPadを手に持ったまま歩飛行機を降り、空港内を歩いていても気もそぞろだった。
 やがて到着した入国審査場は、混雑していた。いや、「混雑」なんて形容では生ぬるい。ちょっとあり得ないレベルの、途方もない長さの列ができていたのだ。普段なら我が運の悪さを呪い、舌打ちでもしたくなるところだが、このときは状況が違った。まあいいや、並んでいる間に本の続きを読み終えてしまおう、と気持ちを切り替えたのだ。
 ところが、ここで新たな問題が発生した。列の最後尾に並びつつ、iPadの画面を見始めたところ――係官が血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。そして、いますぐiPadをカバンにしまえという。そう、グアムのイミグレーションでは、タブレットの使用は禁止されているのだ。というより、携帯電話が禁止らしい。僕のiPadはWi-Fi版なので、単体では通信はできない。携帯電話やスマートフォンとは違うのだが、それでもダメとのこと。
 さすがにイミグレーションでは大人しくするしかない。言われてすぐに、おずおずとカバンにiPadをしまったのだが、内心もどかしさが募った。こんなとき紙の本だったら……と天を仰ぐ。しょんぼり、である。
 グアムとはいえアメリカなので、入国審査は念入りだ。一人ずつしっかり質問を交え、指紋のスキャンまで行うから時間がかかる。結局、通過するのになんと1時間45分もかかった。さらっと書いたが、1時間45分はめちゃくちゃ長い。グアムまでの飛行時間が約3時間30分なので、その半分の長さである。続きを読み終えたあとで、さらに短めの本をもう一冊読めそうなほど。スマホも使えないので、読書どころか、ネットを見たりして暇をつぶすこともできなかった。一人旅だから話相手もいない。ただただ無言で列に並び続けるのは虚しく、徒労感に包まれたのだった。
 電子機器に関するルールはまだまだ流動的だ。新しいものだけに、将来的にはまた対応が変わってくる可能性も考えられるが、とりあえずはまあ、こういう待ち時間に読書ぐらいはできるといいのになあ、と思った。

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がっかりエピソードで締めくくったものの、グアム旅行自体は楽しめたことは付け加えておく。海が綺麗ならそれで良し!

※キンドル→次回は「る」がつく旅の話です!

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2015/11/3号 Vol.058


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第52回 吉田友和

き Kindle(キンドル)

 機内モードに設定すれば、飛行機の離陸時や着陸時でもスマホやタブレットが使える。以前は電源を切らなければならなかった。ルールが変更されたのが2014年で、それからだいたい一年ぐらい経つわけだが、いまさらながらありがたみを実感している。
 空路での長時間移動の際、自分の場合、読書に耽るのが定番の過ごし方だ。もちろん寝ていることも多いが、起きているときは大抵は本をパラパラしている。
 読むのは、ほぼ電子書籍である。ルールが改正される以前は、紙の書籍も持参していた。電子書籍だと端末を使用できない離着陸時には本が読めなくなってしまうからだった。活字中毒者にとって読むものが何もない状態は耐え難い。シートポケットにある機内誌や免税品カタログの冊子をぱらぱらめくって、時間をやり過ごしたり。
「いまいいところなのに……」
 話が佳境に差し掛かったタイミングで、飛行機が着陸体勢に入ってしまい、泣く泣く電源を切らざるを得なかったり。色々と四苦八苦させられたのも懐かしいが、それも過去の話になった。いまではもう、搭乗してから降りるまでずっと電子機器を使える=読書できるのだ。少なくとも自分にとっては画期的なルール変更であった。
 普段から便利な電子書籍だが、旅行中はとくにそのありがたみが増す。物理的なスペースが不要で、荷物を減らせるのは大きい。紙の本に対する愛着もないわけではないが、利便性には逆らえない。紙版しかないものは仕方ないとしても、電子版が存在する場合には基本的に電子版を購入するようにしている。
 利用するプラットフォームは、もっぱらKindleである。Kindleが日本に上陸する前の電子書籍黎明期には、ソニーのリーダーストアを活用していたのだが、もう完全に乗り換えてしまった。プラットフォームが変わると、それまでに購入した本が読めなくなってしまうのは電子書籍の不便な点だ。とはいえ、一度読了した後で再読するような本は実際にはあまりないので、それほど影響はない。
 ジャンルやテーマを問わず、節操なく色んな本に手を出すが、旅行用の読書に限って言えばとくに長編小説が似合う気がする。日常の中のたとえば電車移動時にする読書とは違い、どっぷり作品世界に浸れるからだ。長編といっても長ければいいわけでもなく、飛行距離に応じた長さの本だと理想である。
 というより、着陸するまでに読了できないといささか厄介なことになる。先日グアムへ行ったときに、こんなことがあった。
 フライト中、僕はiPadのKindleアプリで小説を読んでいたのだが、思いのほか長い本で着陸するまでに読み終わらなかった。
 紙の書籍と違って電子版だと束(つか)が分からないため、ボリュームが把握しづらい。Kindleでは全体のページ数や、「この本を読み終わるまでにあと○分」といった情報がいちおう表示されるのだが、リアルな本の厚みとは違い感覚的に掴みづらい点は電子書籍のもう一つの弱点と言えるかもしれない。
 ともあれ、間が悪いとはこのことだ。外国に着いたばかりとはいえ、僕は本の続きが気になって仕方なかった。iPadを手に持ったまま歩飛行機を降り、空港内を歩いていても気もそぞろだった。
 やがて到着した入国審査場は、混雑していた。いや、「混雑」なんて形容では生ぬるい。ちょっとあり得ないレベルの、途方もない長さの列ができていたのだ。普段なら我が運の悪さを呪い、舌打ちでもしたくなるところだが、このときは状況が違った。まあいいや、並んでいる間に本の続きを読み終えてしまおう、と気持ちを切り替えたのだ。
 ところが、ここで新たな問題が発生した。列の最後尾に並びつつ、iPadの画面を見始めたところ――係官が血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。そして、いますぐiPadをカバンにしまえという。そう、グアムのイミグレーションでは、タブレットの使用は禁止されているのだ。というより、携帯電話が禁止らしい。僕のiPadはWi-Fi版なので、単体では通信はできない。携帯電話やスマートフォンとは違うのだが、それでもダメとのこと。
 さすがにイミグレーションでは大人しくするしかない。言われてすぐに、おずおずとカバンにiPadをしまったのだが、内心もどかしさが募った。こんなとき紙の本だったら……と天を仰ぐ。しょんぼり、である。
 グアムとはいえアメリカなので、入国審査は念入りだ。一人ずつしっかり質問を交え、指紋のスキャンまで行うから時間がかかる。結局、通過するのになんと1時間45分もかかった。さらっと書いたが、1時間45分はめちゃくちゃ長い。グアムまでの飛行時間が約3時間30分なので、その半分の長さである。続きを読み終えたあとで、さらに短めの本をもう一冊読めそうなほど。スマホも使えないので、読書どころか、ネットを見たりして暇をつぶすこともできなかった。一人旅だから話相手もいない。ただただ無言で列に並び続けるのは虚しく、徒労感に包まれたのだった。
 電子機器に関するルールはまだまだ流動的だ。新しいものだけに、将来的にはまた対応が変わってくる可能性も考えられるが、とりあえずはまあ、こういう待ち時間に読書ぐらいはできるといいのになあ、と思った。

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がっかりエピソードで締めくくったものの、グアム旅行自体は楽しめたことは付け加えておく。海が綺麗ならそれで良し!

※キンドル→次回は「る」がつく旅の話です!