2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

Profile
プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第53回 吉田友和

る ルサカ

 ベトナムを北から南へぐりっと縦断する旅をしている。そろそろ後半戦で、今日はダラットにいる。高原の避暑地として知られる風光明媚な街である。ワインの産地としても知られ、これから飲みに行こうかと画策中だ。
 いまから13年前にも、ほぼ同じルートを通ってベトナムを縦断している。当時は逆方向、南から北へと進んでいった。立ち寄ったのはニャチャン、ホイアン、フエなどで、今回の旅でもほぼ同じ街を訪れている。懐かしさはあるが、13年も経つと変化が大きく、浦島太郎の気分だったりもする。
 移動手段は主にバスである。ベトナムには「オープンツアーバス」と呼ばれる、乗り降り自由の長距離バスが存在する。運行するのはローカルの旅行会社で、中でも有名なのがシンカフェだ。いまではシンツーリストと名前を変え、ホーチミンのデタム通りに豪勢なオフィスを構えるまでに成長した。
 13年ぶりにオープンツアーバスを利用してみて感じたのは、バスも道も見違えるように綺麗になったなあということ。とくに寝台バスには感心させられた。上下二段、三列にシートが並ぶ寝台バスはかつてはなかった。
 ゴロンと横になれるのは楽チンだ。ただ、夜行ではなく日中に走るバスでも寝台タイプが主流なのは一長一短あるかもしれない。ハノイからホーチミンまでは約1800キロ。それだけの距離をほぼずっとゴロンとしていることになるから、寝過ぎで腰が痛くなったり。
 バスで旅をしていると、気になるのがその発着時間だ。乗り遅れるわけにいかないから、タイムテーブルを終始チェックするような日々となる。これまで利用したバスは、次の二つのパターンのいずれかだった。朝出発してその日の午後には到着する昼行便。そして、夜出発して翌朝に到着する夜行便。
 どちらかといえば、昼行便の方が好みである。やはり、景色が見られるかどうかは大きい。窓に流れる南国らしい異国の風景に目を細める瞬間こそが、旅の醍醐味である。寝て起きたら目的地に着いている夜行便は移動効率こそ高いものの、いささか情緒に欠ける。外は真っ暗なのである。宿代の節約にはなるが、ベトナムは宿泊費が破格に安いのでそれほどメリットはないと感じた。
 長距離バスの発着時間というのは、国によってなんとなく傾向みたいなものがある。たとえば、エチオピアなどは極端な例と言えるだろうか。どのバスもやたらと出発時間が早いのだ。朝の4時とか5時とか。まだ夜も明けきらないうちに、バスターミナルまで行かなければならないのは、なかなかしんどい。
 その点、ベトナムのバスは無理のないスケジュールが組まれている。昼行便だと最も多いのが朝8時前後発、早くてもせいぜい7時半発である。ホテルの朝食が6時半~なので、少し早めに起きて急いで食べればギリギリ間に合う。到着時間も絶妙で、夕方には目的地に辿り着く。早すぎず、遅すぎずでちょうどいいのだ。何より、どんなに遅くても日没前には着くところが素晴らしい。
 これは旅するうえで、とくに重要なポイントだろう。初めて訪問する街では、できれば明るいうちに到着し、宿に荷物を置きたい。暗くなってからだと道に迷いやすいし、場所によっては治安上の懸念も生じる。
 いまでも忘れられない、トラウマになっているエピソードがある。世界一周の途中で、ルサカに到着したときのことだ。ルサカというのはザンビアの首都で、ザンビアはアフリカ中南部の国である。そのとき、僕は隣国のタンザニアから列車で国境を越え、ザンビア入国後にバスへ乗り換えルサカに向かった。
 アフリカの都市部はどこもそうだが、夜は危険度が高い。目抜き通りですら昼間の往来が嘘のように静まりかえり、ゴーストタウン化するから、日が落ちる前に必ず宿に帰り、夜間は一切の外出を控えるのが旅行者の鉄則だった。万が一用事があって出かけるとしても、必ずタクシーを使うようにしていた。
 ところが、このときはタイミングが悪く、ルサカに到着したときにはすでに夜もだいぶ更けた時間帯だった。右も左も分からない初めての街で、辺りは真っ暗という逆境状態。
 しかも、どういうわけかバスターミナルにはタクシーが一台も停まっていなかった。少し待ったが、流しのタクシーがやってくる気配もない。というより、走っている車自体がほとんどいなくて途方に暮れそうになった。そのうちほかの客はどこかへいなくなり、乗ってきたバスも走り去ってしまった。
 いつまでもそこへいても埒が明かない。意を決して、歩き出すことにしたのだが――そこからが恐怖の時間だった。重たいバックパックを背負いながら、街灯の少ない夜道を足早に宿へ向かう。道が分からなくて行ったり来たり。暗闇からすっと人影が出てくるたびに、心臓が止まりそうなほどドキリとさせられた。宿は予約をしていなかったから、満室だったら露頭に迷ってしまう。幸い、無事に辿り着き、部屋も確保できたのだが、あのときは生きた心地がしなかったなあ。
 ベトナムのバスの話題からアフリカに飛んだ。いまなら地図アプリでナビをしたり、ホテル予約アプリで直前でも宿に予約を入れられる。まあ、スマホなんて便利なものはなかった時代の話だ。そういえば、ベトナムのバスはWi-Fi完備である。バスのフロントガラスにでかでかと「Wi-Fi」のマークが書かれている。ところが、どういうわけか一度たりともネットには繋がらなかった。

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※ルサカ→次回は「か」がつく旅の話です!

2b. 連載:「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和  2015/12/1号 Vol.059


2b.「旅のしりとりエッセイ」 吉田友和

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プロフィール

吉田友和(よしだともかず)

1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行にして夫婦で世界一周旅行を敢行。旅の過程を一冊にまとめた『世界一周デート』で、2005年に旅行作家としてデビュー。「週末海外」というライフスタイルを提唱。国内外を旅しながら、執筆活動を続けている。その他、『スマートフォン時代のインテリジェント旅行術』(講談社)、『自分を探さない旅』(平凡社)、『LCCで行く! アジア新自由旅行』(幻冬舎)、『めざせプチ秘境!』(角川書店)、『3日もあれば海外旅行』(光文社)など著書多数。
旅行作家★吉田友和 Official Web

しりとりで旅する 第53回 吉田友和

る ルサカ

 ベトナムを北から南へぐりっと縦断する旅をしている。そろそろ後半戦で、今日はダラットにいる。高原の避暑地として知られる風光明媚な街である。ワインの産地としても知られ、これから飲みに行こうかと画策中だ。
 いまから13年前にも、ほぼ同じルートを通ってベトナムを縦断している。当時は逆方向、南から北へと進んでいった。立ち寄ったのはニャチャン、ホイアン、フエなどで、今回の旅でもほぼ同じ街を訪れている。懐かしさはあるが、13年も経つと変化が大きく、浦島太郎の気分だったりもする。
 移動手段は主にバスである。ベトナムには「オープンツアーバス」と呼ばれる、乗り降り自由の長距離バスが存在する。運行するのはローカルの旅行会社で、中でも有名なのがシンカフェだ。いまではシンツーリストと名前を変え、ホーチミンのデタム通りに豪勢なオフィスを構えるまでに成長した。
 13年ぶりにオープンツアーバスを利用してみて感じたのは、バスも道も見違えるように綺麗になったなあということ。とくに寝台バスには感心させられた。上下二段、三列にシートが並ぶ寝台バスはかつてはなかった。
 ゴロンと横になれるのは楽チンだ。ただ、夜行ではなく日中に走るバスでも寝台タイプが主流なのは一長一短あるかもしれない。ハノイからホーチミンまでは約1800キロ。それだけの距離をほぼずっとゴロンとしていることになるから、寝過ぎで腰が痛くなったり。
 バスで旅をしていると、気になるのがその発着時間だ。乗り遅れるわけにいかないから、タイムテーブルを終始チェックするような日々となる。これまで利用したバスは、次の二つのパターンのいずれかだった。朝出発してその日の午後には到着する昼行便。そして、夜出発して翌朝に到着する夜行便。
 どちらかといえば、昼行便の方が好みである。やはり、景色が見られるかどうかは大きい。窓に流れる南国らしい異国の風景に目を細める瞬間こそが、旅の醍醐味である。寝て起きたら目的地に着いている夜行便は移動効率こそ高いものの、いささか情緒に欠ける。外は真っ暗なのである。宿代の節約にはなるが、ベトナムは宿泊費が破格に安いのでそれほどメリットはないと感じた。
 長距離バスの発着時間というのは、国によってなんとなく傾向みたいなものがある。たとえば、エチオピアなどは極端な例と言えるだろうか。どのバスもやたらと出発時間が早いのだ。朝の4時とか5時とか。まだ夜も明けきらないうちに、バスターミナルまで行かなければならないのは、なかなかしんどい。
 その点、ベトナムのバスは無理のないスケジュールが組まれている。昼行便だと最も多いのが朝8時前後発、早くてもせいぜい7時半発である。ホテルの朝食が6時半~なので、少し早めに起きて急いで食べればギリギリ間に合う。到着時間も絶妙で、夕方には目的地に辿り着く。早すぎず、遅すぎずでちょうどいいのだ。何より、どんなに遅くても日没前には着くところが素晴らしい。
 これは旅するうえで、とくに重要なポイントだろう。初めて訪問する街では、できれば明るいうちに到着し、宿に荷物を置きたい。暗くなってからだと道に迷いやすいし、場所によっては治安上の懸念も生じる。
 いまでも忘れられない、トラウマになっているエピソードがある。世界一周の途中で、ルサカに到着したときのことだ。ルサカというのはザンビアの首都で、ザンビアはアフリカ中南部の国である。そのとき、僕は隣国のタンザニアから列車で国境を越え、ザンビア入国後にバスへ乗り換えルサカに向かった。
 アフリカの都市部はどこもそうだが、夜は危険度が高い。目抜き通りですら昼間の往来が嘘のように静まりかえり、ゴーストタウン化するから、日が落ちる前に必ず宿に帰り、夜間は一切の外出を控えるのが旅行者の鉄則だった。万が一用事があって出かけるとしても、必ずタクシーを使うようにしていた。
 ところが、このときはタイミングが悪く、ルサカに到着したときにはすでに夜もだいぶ更けた時間帯だった。右も左も分からない初めての街で、辺りは真っ暗という逆境状態。
 しかも、どういうわけかバスターミナルにはタクシーが一台も停まっていなかった。少し待ったが、流しのタクシーがやってくる気配もない。というより、走っている車自体がほとんどいなくて途方に暮れそうになった。そのうちほかの客はどこかへいなくなり、乗ってきたバスも走り去ってしまった。
 いつまでもそこへいても埒が明かない。意を決して、歩き出すことにしたのだが――そこからが恐怖の時間だった。重たいバックパックを背負いながら、街灯の少ない夜道を足早に宿へ向かう。道が分からなくて行ったり来たり。暗闇からすっと人影が出てくるたびに、心臓が止まりそうなほどドキリとさせられた。宿は予約をしていなかったから、満室だったら露頭に迷ってしまう。幸い、無事に辿り着き、部屋も確保できたのだが、あのときは生きた心地がしなかったなあ。
 ベトナムのバスの話題からアフリカに飛んだ。いまなら地図アプリでナビをしたり、ホテル予約アプリで直前でも宿に予約を入れられる。まあ、スマホなんて便利なものはなかった時代の話だ。そういえば、ベトナムのバスはWi-Fi完備である。バスのフロントガラスにでかでかと「Wi-Fi」のマークが書かれている。ところが、どういうわけか一度たりともネットには繋がらなかった。

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※ルサカ→次回は「か」がつく旅の話です!